国立劇場大劇場で開催中の桂文珍独演会を聴きにでかけてきた。国立劇場で落語をやっているのは知っていたが、それは専ら演芸場のほうでのことで、まさか大劇場で落語をやるなどとは思わなかった。この大劇場に足を踏み入れるのは、中学生の時に歌舞伎教室で訪れて以来のことである。
落語は演じ手と観客との間の物理的な距離が噺を楽しむ上での重要な要素のひとつであると思う。都内にある寄席の小屋では鈴本も末広亭も池袋演芸場も客席の規模は、そういう芸の性質を考慮してあるように思うのだが、本当のところは知らない。横浜のにぎわい座は明らかに落語仕様だろう。どの席でもしっくりとくるように感じられる。それが地方公演に使われる多目的ホールとなると、落語を演るには違和感があるように思うが、他に適当な場所がないのだから仕方が無い。都内の場合となると、聴きたい人の絶対数が多くなるので、そうした需要に応えるためには大規模な会場を用意しなければならない。その規模がある程度大きくなると、距離感もへったくれもなくなってしまう。特に演劇用の劇場の場合は垂直方向にも多くの観客を収容するような構造になっているので、2階席3階席の後ろのほうともなると、落語を聴きにきたのだか、落語を聴きにきた人を眺めにきたのだかわからなくなってしまう。
今日の私の席は3階の最後尾だ。演じ手の表情などわからないし、ましてや息遣いなど感じることもできない。それでも、自分も観客のひとりであるにもかかわらず、観客の反応を少し距離を置いて、理科の実験でも見学するかのような心持で観ることができたのは新鮮な経験だった。ただ、楽器が入った場合に楽器と声とを1系統のマイクで処理していたので、音声が聞き取りにくかった。中入り後の女道楽がそれなのだが、三味線の音が強すぎて唄の文句がよくわからない箇所がいくつもあった。これは、おそらく大規模な会場特有の問題だと思うので、何らかの対策が必要なのではないかと思う。
演じ手と観客との距離感を無視して落語会を設定するというのなら、いっそのこと東京ドームあたりで開催してみてはどうだろう。よく音楽コンサートでやるようにバックスクリーンのあたりに大画面のプロジェクターを用意すれば、演じ手の表情もよくわかる。できることなら、口演は大看板が夜中に演るのがよい。夜空の下で白く浮き上がったドームから時折笑いが漏れ湧き上がる様子も大都市ならではのパフォーマンスになるのではないだろうか。誰か挑戦してみようという落語家はいないものだろうか。もし実現したら、私は会場の外でドームを眺めてみたい。
ところで、今日の演目にある「御神酒徳利」は6代目三遊亭圓生が1973年に昭和天皇皇后両陛下の前で口演したものだとの解説がまくらのなかで語られた。圓生は1979年9月3日夜に心筋梗塞で急逝したが、翌4日未明にパンダのランランも死亡した。新聞の4日朝刊のトップはランランの死亡記事だったそうだ。この国のマスコミの性格をよく表しているエピソードだと思う。
本日の演目
楽珍 「蒟蒻問答」
文珍 「池田の猪買い」
昇太 「花筏」
(中入り)
英華 女道楽
文珍 「御神酒徳利」
開演 15:00
閉演 18:00
落語は演じ手と観客との間の物理的な距離が噺を楽しむ上での重要な要素のひとつであると思う。都内にある寄席の小屋では鈴本も末広亭も池袋演芸場も客席の規模は、そういう芸の性質を考慮してあるように思うのだが、本当のところは知らない。横浜のにぎわい座は明らかに落語仕様だろう。どの席でもしっくりとくるように感じられる。それが地方公演に使われる多目的ホールとなると、落語を演るには違和感があるように思うが、他に適当な場所がないのだから仕方が無い。都内の場合となると、聴きたい人の絶対数が多くなるので、そうした需要に応えるためには大規模な会場を用意しなければならない。その規模がある程度大きくなると、距離感もへったくれもなくなってしまう。特に演劇用の劇場の場合は垂直方向にも多くの観客を収容するような構造になっているので、2階席3階席の後ろのほうともなると、落語を聴きにきたのだか、落語を聴きにきた人を眺めにきたのだかわからなくなってしまう。
今日の私の席は3階の最後尾だ。演じ手の表情などわからないし、ましてや息遣いなど感じることもできない。それでも、自分も観客のひとりであるにもかかわらず、観客の反応を少し距離を置いて、理科の実験でも見学するかのような心持で観ることができたのは新鮮な経験だった。ただ、楽器が入った場合に楽器と声とを1系統のマイクで処理していたので、音声が聞き取りにくかった。中入り後の女道楽がそれなのだが、三味線の音が強すぎて唄の文句がよくわからない箇所がいくつもあった。これは、おそらく大規模な会場特有の問題だと思うので、何らかの対策が必要なのではないかと思う。
演じ手と観客との距離感を無視して落語会を設定するというのなら、いっそのこと東京ドームあたりで開催してみてはどうだろう。よく音楽コンサートでやるようにバックスクリーンのあたりに大画面のプロジェクターを用意すれば、演じ手の表情もよくわかる。できることなら、口演は大看板が夜中に演るのがよい。夜空の下で白く浮き上がったドームから時折笑いが漏れ湧き上がる様子も大都市ならではのパフォーマンスになるのではないだろうか。誰か挑戦してみようという落語家はいないものだろうか。もし実現したら、私は会場の外でドームを眺めてみたい。
ところで、今日の演目にある「御神酒徳利」は6代目三遊亭圓生が1973年に昭和天皇皇后両陛下の前で口演したものだとの解説がまくらのなかで語られた。圓生は1979年9月3日夜に心筋梗塞で急逝したが、翌4日未明にパンダのランランも死亡した。新聞の4日朝刊のトップはランランの死亡記事だったそうだ。この国のマスコミの性格をよく表しているエピソードだと思う。
本日の演目
楽珍 「蒟蒻問答」
文珍 「池田の猪買い」
昇太 「花筏」
(中入り)
英華 女道楽
文珍 「御神酒徳利」
開演 15:00
閉演 18:00