毎月、第四(水)の夜に
【宗教臨床研究会】を
我が家のカウンセリング室を
「国際魂理学研究所」セミナー室として
催している。
明後日も
Tちゃん先生が来られるので、
S先生にリーディングして頂いた
内容などを話題にしながら、
楽しく宗教哲学・魂理学の
探求をしたいと考えている。

金光大阪を退職する時に、
教員を辞める卒論のつもりで、
ユング心理学を援用した
『金光教祖の円相図』というのを
15万かけて自費出版した。
その折に、約二年間、
教祖の事跡を研究する為、
『教典』はじめ
教学研究所の論文なぞに
ずいぶん深くコミットした。
なので、
今でも教祖語録なぞを
ぶ厚い教典から
正確に引用する時には、
キーワード検索書によって
すぐさま目的の文を
見つける事ができる。
教典には
どの頁にも当時の書き込みが
びっしりなされており、
30代後半の求道的情熱の事跡が
残っている。

きのうは昼から
音楽堂で成蹊高の
ギター部定演があったので、
35年ぶりくらいに
出かけてみた。
かの部の歴史は古く、
自作の『アウシュヴィッツ』という
無調の現代曲風ギター合奏曲を
定演で取り上げてくれたので、
その指揮に出かけたことがあった。
当時、部員には
従妹ミキティの親友で
可愛かったアッちゃんという子がいた。
当時も50名近い大所帯で、
高校生の部活だもんだから、
みんな真面目に練習して、
見事に演奏してくれたのが
嬉しかった。
今も、新堀系の合奏コンクールの
全国大会に毎年出ているそうで、
ギタロンやらチェンバロギターなぞ
合奏用ギターも揃えて
マンドリン・コンソートのような
風合いを出していた。
指揮に立ったのが、
なんと、元・ギター合奏団仲間の
H先生だったのは驚いた。
70名もの部員を統率して
リストの『ハンガリー狂詩曲第2番』を
見事に息を合わせて
聴かせてくれた。
さすがに、
全国大会の自由曲に演奏するだけあって、
ピシリとしまって完成していた。
いつぞやの
橘高オケの酷かった
『ブラ4』とは大違いだった。
***
Eテレで偶然、
『2015全国高校演劇大会 最優秀賞』の
アンコール再放送というのを目にし、
チラ見のつもりが、
作品の力に魅かれて
最後まで見せられてしまった。
ふだん演劇には
ほとんど感心を持たないが、
すぐれた舞台芸術というのにも
力があるものだと
再認識した。
全国大会は、
「演劇の甲子園」とも言われるそうで、
2015年に、二千数校の頂点に立った
大分豊府高校は「偏差値62」の
進学校だというので、
さもありなんと首肯できた。
**
毎朝、朝刊の
洒落コラム『USO放送』に
目を通しているが、
70才以上人口が
<2.700万人超え>には驚いた。
ほんとに
4人に一人が高齢者の時代に
なったのである。
自分も無事に
長生きできりゃ、
もうすぐ、
その仲間入りである(笑)。
こりゃ、セミナーでも
「老いと死」について
真剣に考えなアカン時が来たなぁ・・・と、
考えさせられた。
昔、京都で
教育分析を受けていた先生が
河合先生のお知り合いだったので、
先生を通じて河合先生に
教育分析の依頼を打診して頂いたが、
「今、自分の死と向き合うのが、
最大の課題なので、
新規にお受けすることは出来ない」
というお断りだった。
その時、
河合先生は64歳くらいだったので、
その15年後に
79歳で亡くなられた。
現役・文化庁長官の
激務中の脳溢血だった。
文化庁の高松塚古墳の
「隠蔽事件」の心労が
間接的な病因だと言われていた。

録りためてた映画を
3本観た。
WWⅡ物の
『パシフィック・ウォー』は、
のっけからCGシーンで
ゲーム画像を見せられてるようで
ゲンナリした。
魚雷で沈没するシーンは
『タイタニック』のパクリで、
漂流でサメに喰われる長いシーンも
B級サメ物のパクリっぽくて退屈した。
最後は、
取ってつけたような法廷物になり、
名作『眼下の敵』の名シーンでもある
敵将どうしの対面での敬礼も
オマージュとも言えない
悪しきエピゴーネン(亜流)に堕していた。
まるで、
手塚治虫のマンガに出てくる
「ヒョウタンツギ」みたいな(笑)、
ひどいもんでした。
ʅ(-"-;)ʃ
むしろ、
堂々と『007』を茶化した
ローワン・アトキンソンのコメディ
『ジョニー・イングリッシュ』の方が、
Mr. ビーンのスタッフで創り上げただけあって、
馬鹿バカしくて素直に笑えた。
1964年のヒッチコック作品
『マーニー』は
若々しいショーン・コネリーの
魅力だけが光っていた。
ヒロインはその後、
大したメジャーにもなっておらず、
物語は、当時、アメリカで全盛だった
フロイト流精神分析が
謎解きに用いられていた。
絵的、画像的には、
この時代のフィルム撮りの
古色蒼然とした色合いは
ノスタルジックで好きである。
【宗教臨床研究会】を
我が家のカウンセリング室を
「国際魂理学研究所」セミナー室として
催している。
明後日も
Tちゃん先生が来られるので、
S先生にリーディングして頂いた
内容などを話題にしながら、
楽しく宗教哲学・魂理学の
探求をしたいと考えている。

金光大阪を退職する時に、
教員を辞める卒論のつもりで、
ユング心理学を援用した
『金光教祖の円相図』というのを
15万かけて自費出版した。
その折に、約二年間、
教祖の事跡を研究する為、
『教典』はじめ
教学研究所の論文なぞに
ずいぶん深くコミットした。
なので、
今でも教祖語録なぞを
ぶ厚い教典から
正確に引用する時には、
キーワード検索書によって
すぐさま目的の文を
見つける事ができる。
教典には
どの頁にも当時の書き込みが
びっしりなされており、
30代後半の求道的情熱の事跡が
残っている。

きのうは昼から
音楽堂で成蹊高の
ギター部定演があったので、
35年ぶりくらいに
出かけてみた。
かの部の歴史は古く、
自作の『アウシュヴィッツ』という
無調の現代曲風ギター合奏曲を
定演で取り上げてくれたので、
その指揮に出かけたことがあった。
当時、部員には
従妹ミキティの親友で
可愛かったアッちゃんという子がいた。
当時も50名近い大所帯で、
高校生の部活だもんだから、
みんな真面目に練習して、
見事に演奏してくれたのが
嬉しかった。
今も、新堀系の合奏コンクールの
全国大会に毎年出ているそうで、
ギタロンやらチェンバロギターなぞ
合奏用ギターも揃えて
マンドリン・コンソートのような
風合いを出していた。
指揮に立ったのが、
なんと、元・ギター合奏団仲間の
H先生だったのは驚いた。
70名もの部員を統率して
リストの『ハンガリー狂詩曲第2番』を
見事に息を合わせて
聴かせてくれた。
さすがに、
全国大会の自由曲に演奏するだけあって、
ピシリとしまって完成していた。
いつぞやの
橘高オケの酷かった
『ブラ4』とは大違いだった。
***
Eテレで偶然、
『2015全国高校演劇大会 最優秀賞』の
アンコール再放送というのを目にし、
チラ見のつもりが、
作品の力に魅かれて
最後まで見せられてしまった。
ふだん演劇には
ほとんど感心を持たないが、
すぐれた舞台芸術というのにも
力があるものだと
再認識した。
全国大会は、
「演劇の甲子園」とも言われるそうで、
2015年に、二千数校の頂点に立った
大分豊府高校は「偏差値62」の
進学校だというので、
さもありなんと首肯できた。
**
毎朝、朝刊の
洒落コラム『USO放送』に
目を通しているが、
70才以上人口が
<2.700万人超え>には驚いた。
ほんとに
4人に一人が高齢者の時代に
なったのである。
自分も無事に
長生きできりゃ、
もうすぐ、
その仲間入りである(笑)。
こりゃ、セミナーでも
「老いと死」について
真剣に考えなアカン時が来たなぁ・・・と、
考えさせられた。
昔、京都で
教育分析を受けていた先生が
河合先生のお知り合いだったので、
先生を通じて河合先生に
教育分析の依頼を打診して頂いたが、
「今、自分の死と向き合うのが、
最大の課題なので、
新規にお受けすることは出来ない」
というお断りだった。
その時、
河合先生は64歳くらいだったので、
その15年後に
79歳で亡くなられた。
現役・文化庁長官の
激務中の脳溢血だった。
文化庁の高松塚古墳の
「隠蔽事件」の心労が
間接的な病因だと言われていた。

録りためてた映画を
3本観た。
WWⅡ物の
『パシフィック・ウォー』は、
のっけからCGシーンで
ゲーム画像を見せられてるようで
ゲンナリした。
魚雷で沈没するシーンは
『タイタニック』のパクリで、
漂流でサメに喰われる長いシーンも
B級サメ物のパクリっぽくて退屈した。
最後は、
取ってつけたような法廷物になり、
名作『眼下の敵』の名シーンでもある
敵将どうしの対面での敬礼も
オマージュとも言えない
悪しきエピゴーネン(亜流)に堕していた。
まるで、
手塚治虫のマンガに出てくる
「ヒョウタンツギ」みたいな(笑)、
ひどいもんでした。
ʅ(-"-;)ʃ
むしろ、
堂々と『007』を茶化した
ローワン・アトキンソンのコメディ
『ジョニー・イングリッシュ』の方が、
Mr. ビーンのスタッフで創り上げただけあって、
馬鹿バカしくて素直に笑えた。
1964年のヒッチコック作品
『マーニー』は
若々しいショーン・コネリーの
魅力だけが光っていた。
ヒロインはその後、
大したメジャーにもなっておらず、
物語は、当時、アメリカで全盛だった
フロイト流精神分析が
謎解きに用いられていた。
絵的、画像的には、
この時代のフィルム撮りの
古色蒼然とした色合いは
ノスタルジックで好きである。
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