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個性が大事だといいながら、実際には、よその人の顔色を伺ってばかり、とういうのが今の日本人のやっていることでしょう。
だとすれば、そういう現状をまず認めるところからはじめるべきでしょう。
個性も独創性もクソも無い。
養老 孟司
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「名人、こちらにもお願いします!」
報道陣のフラッシュが幾重にも焚かれる中に、『永世八冠』という色紙を胸のあたりに掲げた父親が画面の中で微笑んでいた。
「ほーら。リュウちゃん、お父さんよ!」
と、お膝に抱っこの幼さな子に、母親が画面を指さした。
父と察してか、一歳になったばかりの竜馬は、ちっちゃな手のひらをパチパチと叩いた。
「あら。えらいわねぇ・・・。
リュウちゃん、お手々パチパチ覚えたのね」
母親は、まるで息子が父の達成したばかりの偉業に対して、自分に変わって家族代表で拍手を贈ったかのようにさえ思えた。
思わず、その産毛のいい香りのする頭に頬ずりをした。そして、
(ソーちゃん、おめでとう!)
と、心の中で祝福した。
翌日のスポーツ紙は、どの社も一面
『史上初! 永世八冠達成!』
『前代未聞の偉業!』
との最大限の賛辞を謳っていた。
テレビのワイドショーも久々の明るいニュースで、将棋にはド素人のコメンテーターたちが歯の浮くような美辞麗句を並べていた。
〔おみやげ、何がいい?〕
と、対局前夜に、ソータは愛妻にメールを送った。
大一番の大事な前夜だというのに、さすがだなぁ・・・と、妻はなかば呆れもし、感心もした。
今や現役当時の自分をも凌ぐほどのCMにもひっぱりだこで、時たま、家族の前でその映像が流れると、
(やっぱ、シロートくさいね・・・)
と、自虐的に照れ笑いするのが、なんだか彼らしくって、幾つになっても可愛く感じるのだった。
天才子役・名女優と賞されたのは、もう遠い過去のように愛菜には思えていた。
そう・・・。あれは、前世のわたしだったんだ・・・。
と、愛菜は時々、妙な錯覚のような感覚をおぼえることがあった。
それは夫の桁外れな天才ぶり、棋界の記録を全て塗り替えた異星人のような業績の前には、自分のちっぽけなキャリアなぞ、もうどうでもよいことだった。
それに、自分には、彼の大事な娘と息子がいた。それは、大袈裟でなく、命よりも大事な大事な宝物であった。
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