写真はアルカサールの天井。
【世界遺産①アルカサール】
セビリアは大航海時代、アメリカ大陸から銀などの物産が独占的に運び込まれた交易港でした。そのため海沿いだとばかり思っていたのですが、行ってみると海から100キロ以上川をさかのぼった内陸部でした。
海抜はたったの7メートル。大型船も海から直接、入港できたのでローマ時代からの交通の要衝となり、大航海時代に繁栄点を極めました。いまもアンダルシア地方の中心都市です。
まずは駆け足で世界遺産になっている中心部へ。
早朝、インターネットで予約したアルカサールへ行くと、すでに長蛇の列です。入口まで10分以上かかりました。冬とはいえ日差しが強く、列は日陰にできています。その日陰はおそろしく暗い。前にも書きましたが光のコントラストがマドリードとは全然違います。アンダルシア地方にはマラガ出身のピカソをはじめ、有名スペイン画家が多数出ていますが、絵のコントラストが強いのは普通に写生しただけなのだと、納得。
アル・カサールは元アラビア語でお城を指します。アルは定冠詞「THE」、カサールは 「CATSLE」。ムーア人の住まいだったところを13世紀にカスティリャ王国が占領してからはレコンキスタの最前線基地として使用し、やがて国王の住まいとなりました。14世紀にスペインのペドロ1世がムーア人建築家を集めて改修・増築を行った王宮です。建物はイスラムとキリストの両文化が入り混じったムデハル様式というスペイン独自の様式とか。
中には入ると、高い壁に囲まれ、王宮の屋根からは本物のクジャクが見下ろしていました。宮殿の要所要所に細かな幾何学文様がほどこされた門柱やドーム型天井などが美しく、イスラム文化の美術館のよう。
ただ、たびたびの修復のせいか、歴史のせいなのか削れたような跡が随所に見られ、痛々しいところもありました。
【大豊作のオレンジ】
出口はアルカサールの中庭になっていて、オレンジがたわわに実っていました。異国情緒あふれるなあ、と、その雰囲気にひたっていると、筋骨隆々の黒いタンクトップのお兄さんが現れて、脚立に乗って、先にハサミのついた棒でオレンジを次々と落としていきました。収穫にしては落とし方がなんとも雑です。
外に出ても街路樹のオレンジがたわわ。重そうです。道路脇にはトラックの荷台のようなところにオレンジが山盛りに盛られていました。いい香りです。
そこに業務用のオレンジ色のヘルメットをかぶった笑顔のチャーミングなお姉さんが現れて、黒い、あまりきれいとはいえないポリバケツからどんどん、集めたオレンジを、その荷台に載せていきました。いかにも無造作。どうやら街路樹のオレンジはゴミ扱いなご様子です。つややかで、おいしそうなのに、もったいない!
調べると、街路樹のオレンジがセビリアで570万キロも実るのですが、セビリヤの人には苦すぎてあまり食べないのだとか。そこで、一部はイギリスでマーマレードなどに加工されるものの、それでも余る厄介者となっていました。ついには廃棄物のオレンジから出るメタンガスを利用してグリーンエネルギーを取るというアイディアまで。
イタリアのどこかの都市でオレンジを投げ合うお祭りがあるのをテレビでみたことがありますが、どんどん実ってしまうオレンジをもっと食用として活用できないものかしら?そういえば日本でも街路樹にイチョウの木を植えていますが、ギンナンはあまり大切にされていません。街路樹に実る果実、てホント気の毒。
(つづく)
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