イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「生物はなぜ死ぬのか」読了

2022年01月22日 | 2022読書
小林武彦 「生物はなぜ死ぬのか」読了

生物はなぜ死ぬのか・・。それはいろいろな面から考えることができる。死ぬことにどんな意味があるのかというのは哲学的な“なぜ”だし、生物学的には“死ぬ”というメカニズムを解明するのも“なぜ”だろう。また、宗教的にはよりよく生きるために“なぜ”死ぬことが必要なのかということになりそうだ。
著者がどんな人かということ知らないので、一体この本の“なぜ”はどの“なぜ”なのかはわからなかったが、著者はゲノムの再生という若返りの研究をしている生物学者ということで、生物学的な死のメカニズムについて書かれている本であった。


生物はなぜ死ぬのか、著者は生物が死ぬということも生物が進化の過程で得たものであり、死ぬことのできる生物が環境に適応して生き残ってきたのだという。
地球には様々な生物が生きていて、常に新しい生物が入れ替わってゆくことでその繁栄が生まれた。それをターンオーバーというが、生物の種がターンオーバーするためには“死ぬこと”が必要であったというのが生物の進化という面からの回答である。

この本では、もうひとつの生物が死ぬメカニズムについて多くが割かれている。そのメカニズムであるが、ヒトの場合とその他の動物ではまったく違う。ヒト以外の動物のほとんどは喰われて死ぬ。しかし、現代のヒトの場合は寿命というものを迎えて死ぬ。ヒトがヒトになりたての頃、すなわち、樹上生活から地上での生活に入った頃は同じく食われる側であったが、文明と科学を発達させたことにより、捕食される心配はなくなり、寿命というものがそのキーとなった。
ヒトに限って言えば老化のあと寿命が死を決め、その他の大多数の生物は捕食されて死ぬ。捕食を免れたとしても、ヒトと同じく、老化を迎えて食料を捕食することができずに飢えて死ぬことになるのである。

では、寿命とは何によって決まるか。それは、生理現象として組織や器官の働きが時間とともに低下する「老化」で、その最終的な症状(結果)として寿命という死(老衰死)があるのである。
人間はそれを医学や科学技術、衛生管理の進歩によって現代までその寿命を引き延ばしてきた。2019年、日本人の平均寿命は女性で87.45歳、男性で81.41歳だそうだ。2500年前まではヒトの平均寿命は15歳だったそうだから6倍近く長く生きることになったのだ。
理由のひとつは、乳幼児が死ななくなったことにある。栄養状態がよくなったこと、公衆衛生が改善され、伝染病が減ったことだという。食べることと清潔にすることはやはり大切なようだ。
しかし、統計を見てみると、10万人当たりの生存数は55歳から減りはじめ、85歳から急激に減っていく。そして105歳くらいで収束する。結局は必ず死ぬ運命にある。
55歳くらいからはガンによる死亡率が上がっていくという。これは、DNAの変異の蓄積が原因だとされており、ゲノムの寿命は55歳ということもできる。
そうなってくると、老化とはすなわち細胞の老化であり、それがヒトが死に至る最大の要因と言えてくる。そして、それは著者の専門分野であり、詳しく掛かれている。

細胞には3種類ある。体細胞、幹細胞、生殖細胞である。そのうち体細胞は約50回の細胞分裂で死んでしまう。それを補うのは体のいたるところにある幹細胞で、幹細胞は分裂しても片方は幹細胞のまま残るので新たな体細胞を生産し続ける。しかし、幹細胞も老化は免れない。老化した幹細胞は分裂機能が衰え十分な細胞を供給できなくなる。大量の細胞を必要とする血液細胞や免疫細胞が一番の影響を受ける。そして死に至る。
もうひとつ、老化した細胞はサイトカインという物質をまき散らす。サイトカインは本来、傷ついたり細菌に感染された細胞がそれらを排除するために炎症反応を誘発し、免疫機能を活性化させる働きがあるが、老化した細胞が炎症反応を持続的に引き起こし臓器の機能を低下させる。糖尿病や動脈硬化、ガンなどの原因となるとされる。
だから体細胞は老化しすぎる前に排除されなければならないのだ。

細胞死を誘発するためにはP53というタンパク質が細胞質から核の中に移動する必要があるが、老化細胞ではFOXO4という遺伝子から作られるタンパク質(Foxo4)がそれを阻害する。FOXO4の働きを阻害するペプチド(小さいタンパク質)を投与するとP53が核の中に移動して細胞死を誘発する。そうすると、肝機能が回復し、運動能力が回復し、さらに毛がフサフサしてくるというのだ。しかし、残念ながらこれは老化したマウスでの実験で、人間では実験されていないそうだ。

また、細胞が50回の分裂で死んでしまうのはDNAのコピーミスに原因がある。細胞が分裂する時にはDNAも複製されるのだが、その時に複製される一方は端っこが複製できないという問題にぶち当たる。これは、ラギング鎖合成という合成を繰り返すために起こるのだが、このときに使われるプライマリーRNAの分が短くなるのというのである。それを防ぐために、テロメアという、捨てても大丈夫な配列があり、分裂するたびにその部分がプライマリーRNA分短くなってゆく。
テロメアが半分くらいの長さになると細胞の老化のスイッチが入るが、テロメアを合成する酵素があり、それを強制的に発現させた細胞は50回以上分裂を繰り返すようになる。しかし、残念ながらこれも試験管の中でのお話なのである。

生物の死は進化の過程で得たものというのが著者の考えであるが、どうして死をもたらす細胞の老化が必要かというと、細胞が生きてゆくためのエネルギーを作るときに発生する活性酸素が原因である。活性酸素によって“錆びてきた”細胞はガン化の危険がある。そういう細胞はその前に死んでもらったほうが都合がよかったというのが進化の結果なのである。
老化に抗うために備わっている機能が、発生したがん細胞を食ってしまう免疫機能と、細胞の老化という機能なのである。

長寿に関係する遺伝子も3個発見されている。
ひとつは、GPR1という遺伝子だ。これは、エネルギー源となる糖が細胞の周りにあることを伝えるたんぱく質をつくる遺伝子だが、これが壊れると細胞のサイズは小さくなるが寿命が長くなる。エネルギーを生産しない分、活性酸素の発生が減少し長寿につながるのだ。小食は健康によいと言われるがそれも同じ原理らしい。
残りのふたつはリポソームを安定供給するための遺伝子、FOB1とSIR2という遺伝子だ。これはたんぱく質を合成するためのリポソームのRNAのミスコピーを制御するものだが、FOB1が壊れると寿命が60%伸びて、SIR2が壊れると半分に縮む。
リポソームを作り出す遺伝子同じ遺伝子が100コピー以上直列に並んでいるのだが、これは変異を起こす確率が100倍以上あるということである。複製を抑制するのがFOB1遺伝子、ミスコピーを防ぐのがSIR2である。リポソームがたくさんあり、ミスコピーも少ないというのが長寿につながるということである。
そういう意味で最も不安定なリポソームRNAがゲノム全体の安定性を決めていて、寿命を決めていることになる。
これは酵母菌による実験の結果だそうだが、人間にもこの遺伝子は似たような遺伝子が存在するので人間の寿命にも関係していると考えられる。

ここまでわかっているということは、すでに寿命延長効果が確認できる化合物というのも作り出されているということだが、ヒトでの検証ができていない。
たとえば、カロリー制限に類似した効果が期待できる薬にメトフォルミンという糖尿病の薬があり、これを投与された患者は長生きだという報告があるが、残念ながら、健康な人に対しては安全性と効果の確認ができていない。
ラパマイシンという臓器移植の拒絶反応を抑える免疫抑制剤もカロリー制限と似たような効果を引きおこすことが知られている。酵母やハエ、線虫では延命の効果があり、マウスでもオスで9%、メスで14%の寿命延長効果がみられるが、残念ながら健康な人には副作用が現れる可能性がある。
SIR2に関係する酵素は延命効果に加え、体力、腎機能の亢進、育毛などの効果がみられるが、これも残念ながらマウスでの実験の結果である。
読めば読むほど期待が持てそうな物質や長寿のメカニズムが出てくるがあと一歩というところで人に対してはわからないというのが残念なのである。しかし、あと何年かすると本当に実用化されるものが出てくるのかもしれない。

しかし著者は、AI(人工知能)を引き合いに出し、死なないAIはどれだけ発達しても人間には近づけない。もし、AIがヒトになろうとするならば自ら寿命を迎えるというプログラムを作り出すだろうという言葉でこの本を結んでいる。生まれてきた以上、私たちは次の世代のために死ななければならないというのである。

メメントモリという言葉は科学の世界でも生きていたということだろうか。



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