久しぶりに騙されるところだった。
わたしは1年ほど前から、長男くんに手伝ってもらって、自分のウェブサイトを立ち上げた。
そこにはわたしに関する情報が詳しく書かれてあるし、ピアノを習いたい人が直接わたしに連絡を取れるようにしてある。
その要望欄に、ちょっと変わったメッセージが届いていた。
名前から単純に想像すると、欧米人女性らしいと思われた。
要約すると、
・彼女の夫が亡くなり、彼の持ち物の整理をしている。
・その持ち物の中に、夫が愛してやまなかったピアノがあり、そのピアノは3年前に購入したところのものだった。
・ヤマハのベビーグランドで、大切に使っていたので状態はとても良い。
・彼女の夫は、このピアノは売らずに、ピアノを学んでいるが諸々の事情でピアノを買えない人に無料であげて欲しいと言い残したので、その遺志を尊重したいと思っている。
・そこで、あなたにこのピアノを紹介したいと思って連絡をした。
・ピアノは現在、彼女が引っ越しをする際に使った運送会社の倉庫に保管されている。
・なので、もしこのピアノが欲しい場合は、ここに連絡をして手続きを取って欲しい。
ヤマハのベビーグランドの、しかもまだ3年しか使っていないピアノが無料で?
わたしは何度もそのメッセージを読み返したのだけど、いくらなんでもちょっと美味しすぎる話だったので、ひとまず深呼吸をしてその人物にメールを送った。
「お話を伺いました。ピアノの状態をもう少し詳しく知りたいので、写真などを送っていただけますか?」
すると、速攻で、写真付きの返事が届いた。
写真を見る限りではまだ新しさが残る良いピアノだ。
そして彼女はとても急いでいるふうで、運送会社のウェブサイトのアドレスとピアノのサイズなどを伝えてきた。
わたしが読む限りでは真っ当な英文に思えたけれど、そのサイズがセンチメートル表記になっていることにちょっと違和感を覚えた。
こちらではどんな物でもインチかフィートで、そのために移住して22年近くにもなろうというのに、いまだに苦労している。
なのに155センチ?うん?
そこで初めて、夫にそのメールを読んでもらった。
わたしとしては、ここ半年で急激に上手くなった6歳の生徒がいて、その子のためにほぼそのピアノを受け取るつもりでいたのだけど。
夫は読みながら、これはおかしいと首を傾げている。
え?どこが?
ほらここ、それからここも…ネイティブならこんなふうには書かない。
夫が指差す部分を読んでみるのだが、わたしにはてんで分からない。
夫の眉間の縦皺がみるみる深くなり、メールに載っている引っ越し会社のウェブサイトの点検が始まった。
わたしも同時にそのウェブサイトを覗いてみる。
わあ、しっかりしてるやん。
どこのページも読みやすく、どこにも怪しいところが見つからない。
でもまた夫が、うーんと唸っている。
やっぱりこれも怪しい。
文章のところどころが微妙にずれている。
これは偽装カンパニーかもしれない。
などとブツブツ言いながら、その会社に引っ越し依頼の電話をかけた。
わたしはわたしで、メールを送ってきた女性に、夫がもう少し確認したいことがあるので、メールではなく電話で直接お話をしたいと言っていると返事をした。
それまではピンポン球のように打てば即返ってきた返事が、そのメールを最後にプツンと途切れた。
夫がかけた運送会社からも、全く連絡が無いままだ。
うわぁ〜マジでだましだったんだ…。
わたしは幼い頃からよく人に騙された。
パターンとしては、困ったふりをした人を助けようとして、お金をあげたり食べ物をあげたり、そして後になって、ああ騙しだったんだと気がついて苦笑いするぐらいの小規模さで大したことではなかった。
若い頃、初めて行った名古屋の駅前でアンケート詐欺に引っかかり、狭い部屋に連れ込まれ、分厚いクーポン券を売りつけられて、断れずに買ってしまい、帰りの電車賃が足りないことに気がついて、相手の膝にすがりついてお金を返してもらったこともある。
オレオレ詐欺が流行った頃は、自分も息子たちもまだその年齢に達してなかったこともあり、これに巻き込まれる心配は無いだろうと思っていたけれど、今後はしっかり気を引き締めないといけない。
特に英語が絡んでくると、騙されているのかいないのか自分では判断できない。
今回の場合、もしわたしが騙されていたら、そしてわたしの言うことを信用したことで生徒の親の情報が盗まれてたりしたら…それを想像するだけでもゾッとする。
この件を毎月1度の割合でお世話になっているカウンセラーに話すと、実は僕も、いや、正確に言うと僕の奥さんも最近騙されて10万円を盗られたと言うではないか。
えぇ〜?
ネイティヴの、酸いも甘いも知り尽くしたような人たちでも騙される時は騙されるんだ…。
ちょっとホッとしたような、それでいて心配が増えたような、なんだかモヤモヤする今日この頃なのだ。