鼎子堂(Teishi-Do)

三毛猫堂 改め 『鼎子堂(ていしどう)』に屋号を変更しました。

『桜姫』③~結局は、翌月のコクーン歌舞伎を観て下さいってことなのか・・・。

2009-06-23 20:58:48 | Weblog
ムシ~~っと暑い一日。

一昨日からの続きです。

このブログでの劇評(・・・というよりは、単なる感想)を書く上で、この『桜姫』は、多分、一回分しか書けないだろうな・・・と思いながら、帰宅しました・・・。
ところが、これで、もう3回目・・・。
それだけ、ツッコミどころがある骨のある芝居ってことなんでしょう・・・たぶん。

まず、わからないのが、冒頭で、心中した二人の遺体を焼くシーンからはじまるのですが、大竹しのぶさん、笹野高史さんのお二人の役柄の説明がなにもない・・・地獄の番人?或いは、ひとの運命を左右する超自然的存在・・・???
物語の進行を担うような役割ですが、イマイチ、はっきりしない。
観客が勝手に想像していい役柄なのでしょうか。明確にしてもらいたかったです。自己紹介くらいして欲しいところです、それでなくても、よくわかんない芝居なんだからさ。
これを書いていて、ふと思ったんですが、この冒頭の二人・・・特に、大竹しのぶさんの演じわけるマリアは、櫻姫東文章の『櫻姫』であり、『白菊丸』であり、『マリア』であり、『ジョゼ』であり、そして、それら全ては、モトは同一の異界???のモノであり、登場人物と観客をパラレルな量子物理学的世界へ誘う・・・そういった存在ってことでいいのでしょうかね?ますます訳わかんね~~~。

マリア(桜姫)の産んだ赤子の存在。
気持ちの悪い木偶人形になってみたり、可愛らしい生身の赤子にすり替わったりと、これも凄くヘンだ。不条理劇・・・なんだろうか?

16年前心中に失敗したセルゲイと死んでしまったジョゼが、マリアに転生するといった設定だけれども、これもどことなく不自然きわまりない。

そして、生まれた時から、五指が開かないとか、1年前に出産しているという事実?というか、現実を
『全く、覚えていない』
といいはる令嬢マリア(桜姫)の侍女(秋山菜津子さん)のセリフにも相当、疑問が残る。
今以外のことは、一切ない・・・と『刹那の永遠』を、ココ(古田新太さん)に言わせて、煙に捲くあたり、それで観客は、納得しているのだろうか・・・納得していないのは、ワタシだけか・・・と思わせるので、かなり居心地の悪さが残る・・・。

・・・この手法(・・・という表現でいいのだろうか・・・???)は、映画『去年、マリエンバードで』みたいなイライラする展開によく似ているような・・・。

じゃあ・・・やっぱり、不条理劇って認識でいいんですかね?

詳細を知りたくば、次月に同劇場で、上演される歌舞伎ヴァージョンの『桜姫』を観よ・・・ってことですかね・・・たぶん。

明日に続きます。