グズつき気味なお天気の連休中日。
自分の肉眼では、視ることが出来ない自分自身の顔も、鏡を使えば、造作ない。
それでも、やはり不思議な鏡。
鏡に映る像は、見る人によって、様々に映るものなのか・・・?
果たして、自分が見ている鏡の像が、実像なのか、虚像のか・・・?
グリム童話の『白雪姫』では、継母が、魔法の鏡に向かって、世界で一番美しいのは、誰かと問う。
世界で一番美しいのは・・・継子。
鏡は、答えます。
故・赤塚不二夫さんの『ひみつのアッコちゃん』は、鏡の精から、魔法のコンパクトを貰って、いろいろなひとに変身します。
変身の呪文と解除の呪文。
てくまくまやこん、てくまくまやこん・・・らみぱす、らみぱす、るるるるるー。
魔法の鏡があったなら、世界一の美女になれるのでしょうか?
その世界一の美女は、既にこの世に存在する造形。
それ以外の『世界一の美女』は、一体、何処に存在するのでしょうか・・・?
これも鏡の曖昧さ・・・或いは、パラレルワールドを具体化した物語のようです。
ワタシが、中学生だった頃、怪談?(という括りでよいのかどうか・・・)として、
『深夜に自分の顔を鏡に映してみて、そこに映っている姿が、老婆であったら、死期が近い』
というものでした。
深夜というのが、午前0時だったか、午前3時だったか・・・そのへんは、曖昧でしたが・・・。
お馬鹿なワタシを、割と、長い時間、このことを信じていて、深夜、御手水に立つとき、洗面所の鏡をみないようにして、いました。
在る時期、ちょうど深夜の時間帯に、自分の顔を映さなければならない事態が起きて(顔を蚊に刺され、鏡をみないと、痒み止めの薬をつけられない)、鏡を見たとき、いつものように、ボヤ~~~っとした寝ぼけ顔の自分がフツーに映っていたので、まだ余命はあるのか・・・と思いました。
自分で見えないモノを見る・・・という鏡ですが、その不思議な魅力は尽きないようで、鏡自体に細工をして、オカルトチックな小道具としても、用いられたようで、『照魔鏡』などがあるようです。
三種の神器にも、たしか、八咫鏡なんかが、入っていたような・・・?