友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

朗読クラブの発表会

2011年11月26日 19時18分50秒 | Weblog

 明日はいよいよ大阪市長選挙の投票日だ。知事と市長の同日選挙を仕組んだ橋下徹さんの当選は確実らしい。大阪人は反権力志向が強いと言うけれど、橋下さんは権力を集中させて強権的な行政を目指している。「おもろい」だけで、本当に市民は投票してしまうのだろうか。大阪には私の友だちや卒業生もいるけれど、どんな気持ちでいるのだろう。新聞では「盛り上がっているのは一部だけ」と言っている人もいたけれど、どうなのだろう。選挙の仕方が無党派と近いからというだけで、橋下さんに共感している人もいたが、何をやろうとしているかをきちんと見て欲しい。選挙のやり方が辻々での街頭演説なのは、市民の一人ひとりに主張を届けるに適しているからに過ぎない。

 

 どこからも声がかからなかったので、午前中は鉢の土の入れ替えをする。1鉢の土をより分けるのに1時間はかかる。そんなに丁寧にする必要はないと思いながら、作業を始めるとどうしてもそのくらいになってしまう。それに膝が痛くて、同じ姿勢を長く続けていられないので、身体をほぐしたりする無駄な時間が多いのだろう。それでも今日は風がなく、暖かな一日だったので、午後から朗読クラブの発表会を聞きに出掛けた後も、また1鉢の土の入れ替えを行った。さすがに日が暮れるのは早く、4時過ぎると手元が暗くなって中止しなければならなかった。

 

 朗読クラブは私が在籍していた時よりも人が増えていた。発表の作品も多くて、2時間ほどかかった。私が朗読クラブに入会したのは、マンションの自治会長を終えた後だった。集会所に古本を集めた図書コーナーがあったけれど、町に立派な図書館ができて利用者がいなくなった。集会所を改修して広げた際に、図書コーナーをなくしたので、せめて子どもたちのために朗読をしてくれないかと友人に話した。その友人に、「それならご自身が朗読の勉強をして、読み聞かせたらどうか」と言われて、友人の所属する朗読クラブに通うことになった。先生の指導は厳しくて戸惑うこともあったけれど、朗読クラブの人たちと楽しい一時を過ごさせてもらった。首長選挙に出るため退会させてもらったが、発表会はのぞかせてもらっている。

 

 今日の発表会の最後は、谷川俊太郎さんの『ふたりの人形』をクラブ全員でする郡読だった。私は初めて聞くものだったが、これは先生の選択だなと思った。「ふりをする ふりをする 私は愛するふりをする   ふりをする ふりをする あなたは歓ぶふりをする   今日が昨日のふりをする おひさまだけがほんものだ」。2番はふられるふりをする 私は傷つくふりをする。3番はふたりはフリーなふりをする ふたりは別れるふりをする」。4番、5番はちょっと難解だが、「おひさまだけがほんものだ」で締められている。この詩は日常のいろんなことは虚像なのだと言っているのかも知れないし、「ふり」をすることは虚像の世界では大事なことなのかも知れない。声に出して読んでみるとまた違ったものが見えてくるような気がする。

 

 明日は葬儀に参列させていただく。私が新聞つくりをしていた時からの知り合いで、同じ年の集いがあった時に初めて同じ歳だと知った。最近、顔を見ないと思っていたら昨日亡くなったと聞いた。年齢を重ねてくると順番はどこからやってくるか分からない。 

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