友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

やっぱり世の中、うまくはいかないようだ

2022年09月10日 17時39分52秒 | Weblog

 長い間、入院していた友だちが退院し、庭の花木をフェイスブックに上げていた。元気になったのだと思い、「お茶でも行く?」とメールすると、「車イス生活なので自重する」と返信してきた。私が「閉じ籠り生活」を嘆いていた時、「読書、脳トレなど一杯あります。退屈せん世の中」と檄をくれた。

 彼を見倣って、読書したり、時にはルーフバルコニーで花の世話をしている。けれど、カミさん以外の人と話したことの無い日々が続き、無性に誰かと話していたいと思う時がある。夫婦は長い時間、寝起きを共にしてきたから、それだけに相手のことがよく分かり、話していても新鮮味に欠ける。

 書店に行ってみる。きわどい裸の雑誌コーナーがますます広くなっていた。中身が見られないようにヒモで閉じてある。男性客の中には手に取る人はいるが、買って行く人はいなかった。書店のレジ係は女性が担当している。レジでこの雑誌を見せる時、どんな表情をするのだろう。

 市内の大学の学生が、高齢者の「話し相手になります」とボランティア活動をしてくれたら、希望する高齢者は大勢いるだろうが、実際に参加する人は少ないかも知れない。下心が見えそうで、照れてしまう。そんな恥ずかしい思いをしなくても済むためには、電話ボランティアが良いかもしれない。

 高齢の母親が、娘のところにどうでもいいことで電話をかけてくる。娘でなくて、何でも聞いてくれるボーイフレンドに男性ボランティアが徹してくれるなら、母親も電話することが楽しいだろう。でも、顔がみえないと電話詐欺に遭うかも知れないし、やっぱり世の中、そううまくはいかないようだ。

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せっかくのお父さんの遺品なのに

2022年09月09日 17時58分58秒 | Weblog

 我が家の和室に、額で飾られた服部担風さんの書が掲げてある。カミさんのお父さんが担風さんから頂いたものだ。カミさんのお父さんは風流人で盆栽や、退職してからは庭に窯を造って陶芸を楽しんでいた。個展を開くほど、作品は人気があった。

 お父さんは子どもの頃、教師になりたかったが、家の都合で呉服屋に丁稚に出された。しかし結核にかかり、実家に帰された。警察官にならないかと言われてなったが、戦争が激しくなり30過ぎていたのに徴収された。戦地に行く前に終戦を迎え、警察に復帰した。

 警察の世界は学歴が高くなければ出世は出来ない。それならと地域務めを願い出て、その土地に馴染んでいった。弥富で書家の担風さんに出会い、常滑で陶芸家のもとに通った。書の腕もたいしたもので、退職してから務めた高校の事務では卒業証書の名前書きを任されていた。

 お父さんが亡くなって遺品として頂いてきた担風さんの書は、92歳の時に書かれたものだと分かるが、肝心の文字が読めない、意味が分からない。書道家の知人に読み方と意味を教えてもらった。

 彼女は、「『鶴性松心』で、鶴のように高くのびのび飛ぶ様と松の樹の姿を同じように観て重ねた4文字じゃないかと思います」と教えてくれた。和室に入る度に額を見上げ、思案してきた難題が解けてなぜか安堵した。

 担風さんについては中日新聞に昔、故郷の人を紹介する囲み記事に掲載されていた。あの時、切り抜いておけばよかったと悔やむ。担風さんは96歳で亡くなられた長寿の方で、若い頃に漢詩を学ばれたとあったと記憶している。

 せっかくのお父さんの遺品なのに、今になってやっと理解する情けない婿でごめんなさい。今更遅いけど、もっとお父さんの話が聞きたかったです。

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命を大切に思う、愛することに幸せを感じる

2022年09月08日 17時55分37秒 | Weblog

 静岡県牧之原市の認定こども園で、3歳の女の子が送迎バスに取り残され、熱射病で亡くなった。こども園は記者会見を開き、4つのミスが重なったと詫びた。そのニュースをテレビで見て無性に腹が立った。そして虚しくなった。

 4つのミスとは、ダブルチエックが出来ていなかったことで、1)降車時 2)登園時 3)在籍の確認 4)保護者への連絡を上げていた。確かにその通りで、誰かが気付けばもっと早く助けられただろう。けれど、これでは責任が拡散されてしまっている。

 1番責任が重いのは、送迎バスを運転していた園長(理事長)である。記者から「事故はたまたまだったのか、起きるべくして起きたのか」と問われ、園長は「両方ですね」と答えていたが、全く違う。園長がいつもの運転手のように、最後に見回りをして車内を清掃していれば、女の子は死なずに済んだ。

 園長は辞任を表明し、「僕がいなくなったら、さらによくなるように」とまるで他人事だった。記者が「廃園は?」と聞くと、「廃園になるかも」とニタニタ笑いながら言う。ああ、この人は全く情が無い。責任感のかけらも無い。子どもを預けている保護者の気持ちに考えも及ばない。

 部下には義務とかルールとかを厳しく求めるのに、自分の責任を考えたことも無いのではと思う。こういう上司の下では働きたくない。私はきっと楯突いてクビになるだろう。保育園や幼稚園、学校などは、子どもたちの命も預っていることを自覚が欲しい。

 オリンピックも統一教会も、金まみれだったことが明らかになってきた。金が無ければ幸せになれない、それも事実だろうが、どこか間違っていないだろうか。命を大切に思う、愛することに幸せを感じる、そんな基本的なことが忘れ去られている。

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「最後の恋」はそんなものかも知れない

2022年09月07日 18時48分46秒 | Weblog

 「老後の事が‥不安‥と言う方の為に」というチラシが入っていた。「老後の不安解決セミナー」と「会館見学会」を開くという葬儀会社の案内である。今日、カミさんに頼まれて運転手を務めたが、すれ違う車の大半の運転手は高齢者だった。

 私がマンションに入居したのは30代前半で、出来たばかりのマンションの入居者はほとんどが30代から40代だった。今では70代から80代が多く、たくさんいた子どもたちは巣立っていき、中にはひとり暮らしの人もいる。

 暇に任せて読んできた小説は、新聞で紹介されていたものだが、女性の作家のものばかりだった。『すべての月、すべての年』(ルシア・ベルリン)、『星を掬う』(町田そのこ)、『私は女になりたい』(窪 美澄)。いずれも高齢の女性が主人公で、共通しているのは離婚していることだ。

 ひとり暮らしの人は、自分の今後の心配をするけれど、確かに死後のことは心配のひとつだが、本当はもっと違うところにある気がする。ひとり暮らしでも仲間がいて、おしゃべりする相手がいれば孤独感も和らぐが、誰とも話す相手がいない人もいる。

 若い世代のようにスマホを使い、友だちが出来ることに憧れても、高齢者はスマホの使い方を知らない。スマホが使えず、家にばかりいる高齢者が、気楽に話し相手を見つけられる機会はほとんど無い。「シルバーの集まりに参加すればいい」と言う人もいるがちょっと違う気がする。

 恋人と言わなくても、それに近いような楽しみが欲しいのだ。他愛もない話をして、クスリと笑い合える、そんな異性の友だちを求めていると思う。先輩が言っていた、「最後の恋」はそんなものなのかも知れない。

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皆、それぞれに歩むしかない

2022年09月06日 17時56分22秒 | Weblog

 「過去に戻ってやり直したい?」と、聞かれたことがあるが、やり直したいと思ったことは無い。過去に戻ってもきっと、私は同じことを繰り返すだろう。私が歩いてきた道は、私が選択したもので、誰かから強制されたことは無い。

 中学・高校の時代はとても楽しかった。正に青春そのものだった。1番のカケは高2の時、学校の校門の外で登校してくる生徒に、自分たちで作った「新聞」を配ったことだろう。私が新聞部の部長を務めていた時で、友だちが書いた「主張」が校長の逆鱗に触れた。

 自由に発行できないのなら自分たちで「新聞」を出そうと、みんなから3百円集め、私が編集して町の印刷屋で刷ってもらった。校門の外で配れば、学校とは関係ないとの理屈だった。それでも「退学になるかも知れない」と、「金は出すが記事は書かない。配布もしない」と言う友だちもいた。

 「俺たちがやった」ことにすると、私を含めた3人は覚悟したが、大事にはならなかった。私たちが大学に入った頃は、60年安保と70年安保の間で、ベトナム反戦デモに参加する程度だった。3人は共に大学の新聞部に入部し、将来は新聞記者にと約束していた。

 けれど、2人は新聞部をやめてしまったが、私は2年間在籍した。先輩から全学連大会を取材してくるように言われ、1年生のふたりで出かけた。大会の受付で、「泊まるところはあるのか?」と聞かれ、全く考えていなかったので「ない」と答えると、男女がごちゃ寝している部屋に連れていかれた。

 大学名と名前を書いたことから、教師になってもオルグが来るようになった。訳の分からないうちに、組合青年部の活動に引き込まれてしまった。強く拒否することが出来ずにズルズルと付き合ってしまい、鉄パイプで滅多打ちに遭った。

 過去に戻ってもやり直す強い意志を、私は持つことは出来ないだろう。それが私なのだから仕方ない。悔いなど無いと言えばウソだろうが、後悔することも出来ないだろう。人には人の道があり、皆、それぞれに歩むしかない。台風11号の風がまだ吹いている。

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男は本当に情けない

2022年09月05日 18時34分00秒 | Weblog

 突然、知人が「回復祝い」にやって来た。すぐに来ると言うので、慌ててシャツは着たけれど、髭が剃ってなかったことに気付いたが、もう時間が無かった。この頃は横着になっていて、どこにも行かないことをいいことに無精になっている。

 そのせいなのか分からないが、「少し痩せましたね」と言われた。8月24日の後期高齢者検診の時は54キロあった体重が、最近になって2キロ減っている。入院していた頃よりよく食べているのにどうして体重が減るのだろう。

 気になるのは寝ていて汗をよくかいていることだ。特に胸の辺りが汗でびっしょり濡れている。昨夜も夜中にパジャマを替えた。ルーフバルコニーで少し作業をしただけなのに、胸の辺りに汗をかいて着替えしなくてはならなくなる。汗と関係は無いが、心臓がキリっと痛む時がある。

 私はいつも、充分生きてきたからいつでも旅立って構わないと思う。けれど、そうやって開き直っていると、神様はもっと試練を与えてくれるようだ。ルシア・ベルリンの『すべての月、すべての年』はとても面白かった。訳者の岸本佐知子さんが「あとがき」に書いているように、「情景を最短距離で刻みつける筆致、ときに大胆に跳躍する比喩、歌いうねるリズム、ぴしゃりと断ち切るような結句」に引き込まれる。

 ただ、洋書は名前が覚えられない。地名なのか、物の名なのか、人の名なのか、それすらよく分からず、何度も引き返した。それでも放り出さずに読めたのは、作者の技量の高さなのだろう。それに、価値観や美意識が日本人とは大きく違うところも魅力的だ。

 アル中で薬にもおぼれた恋多きロレッタは、70歳になっても恋することを忘れない。松井久子さんの『疼くひと』の主人公は70歳で年下の男性と交わっている。どうも女性の方が迷いが無いのかも知れない。そうすると男は本当に情けない。

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今はその先駆けなのかも知れない

2022年09月04日 18時43分16秒 | Weblog

 西の空で太陽は美しく輝いている。見事な夕焼けが鮮やかに見える。しかし、台風11号は勢力を増し、水曜日ごろまでは要警戒だという。欧州と中国は高温と干ばつに見舞われ、パキスタンは洪水で多くの人の命が奪われている。

 先日、世界的なファッションデザイナーの森英恵さんが96歳で亡くなった。森さんの記事の中で、1961年(35歳)にニューヨークのデパートを訪れた時、上層階ほど高級品が並べられ、日本製品は最下階の粗悪品扱いで衝撃を受けたと載っていた。

 英恵さんのダンナは一宮市の繊維会社の経営者、英恵さんは世界で認められる日本製品を目指した。それは日本の工業化が進み、国民総生産でアメリカに次ぐ地位に登り詰めていく時代だった。新幹線が走り、街中に自動車が溢れ、消費が盛んになっていった。

 日本の企業は、賃金の安い中国や南アジアへと工場を移していった。孫娘のダンナはトヨタ系の会社で働いているが、先日までアメリカの工場へ技術指導のために派遣されていた。私の知り合いも、中国やフィリッピンやインドネシアへ技術指導に出かけていた。

 私が入院した病院の手術着を見ていたら、インドネシア製とあった。おそらく中国では賃金が高くなり、インドネシアに工場を移したのだろう。アメリカに知人のいる友だちの話では、日本製の家電製品は見当たらず、中国製品が圧倒的らしい。

 企業は利益を上げるため、原材料や賃金の安いところを求めていく。賃金がある程度よくなければ製品の購買力は無い。服装を見ても、アメリカも日本も中国もたいして変わらない。ニュースでアフリカの生活を見たが、みんながスマホを持っている。

 世界的な気候変動のおかげで、世界はどんどん平均化していくのだろうか。今はその先駆けなのかも知れない。明日の天気はどうなるのか、天気予報に注目する。えっ、今日はクラッシックの日?知らなかった。

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無理をする気は全く無い

2022年09月03日 18時28分52秒 | Weblog

 電話をかけてきた「エホバの証人」の男性が、「聖書はお持ちですか?」と聞くので、「ええ、持っていますけど」と答えると、「創世記第1章の26節を読んでください。神は誰にお話しされていると思いますか?」と言う。

 「分かりました。読んでおきます」と答えたからか、今朝、再び電話がかかってきた。あいにく私はトイレに居たのでカミさんが、「今は話せません」と答えていた。そして私に、「これ以上かかわったらダメよ」と釘を刺す。

 先日も北海道の鮮魚市場の人から、「絶対にお値打ちな品ですから」と電話があった。お盆前に電話があった時、「分かった。あなたの熱意は分かったから送ってくれていいよ」と了解したので、もう一度買ってもらおうと思ったのだろう。

 北海道の鮮魚業も今は売れなくて大変だろうとは思う。協力してあげてもいいが、我が家はジジババふたりの生活だ。美味しいものが少しならいいけれど、数が多くては食べ切れない。それに今は、通販で何でも買えてしまう。

 「年末に、お勧めな物があったら、また電話してきて」と言って切った。毎年1月3日に、長女一家がやって来るが、来年のことは分からない。年末に集まっていたマンションの友だちとの忘年会も出来るかどうか微妙だ。

 創世記第1章は「初めに神は天と地を創造された」から始まる。26節は「わたしたちの像に、わたしたちと似た様に人を造り」(ものみの塔聖書冊子)とある。神が話されている相手は造られた人間であるが、「わたしたち」と複数形なのはどうしてだろう。

 信仰は理屈からは生まれない。信じることで救われる人が、得るものが信仰なのだろう。私は過去にも未来にも拘りが無い。美味しければ食べるし、欲しければ手に入れるが、無理をする気は全く無い。

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時代から教えられることは多い

2022年09月02日 18時51分38秒 | Weblog

 台風11号が沖縄の南にいるためか、陽が射し風も穏やかだった。これまでに雨水をたっぷり浴びたルーフバルコニーのペチュニアは元気がいい。枝を伸ばしたペチュニアの根元を見ると、新しい芽から葉が伸びている。

 花はいつも子孫を絶えさないように繋いでいく。藍色の花に白い十字の模様が生まれたり、ピンクの花に白い筋模様が出来たり、かけ合わせも自由気ままに行っている。今、私が読んでいるアメリカの女性作家、ルシア・ベルリンの『すべての月、すべての年』のように奔放だ。

 私はセックスを厳粛な聖の営みと思い過ぎていた。女性に欲望だけで組することに、罪悪と卑下を抱いていた。けれど、78歳になって振り返ってみると、愛の形にもいろいろあり、何が正しくて何が間違っているなどとは言えないと理解できるようになった。

 ふてぶてしい悪役で視聴者を魅了してきた俳優の香川照之さんが窮地に立っている。私は知らなかったが、香川さんは宝塚女優の浜木綿子さんの息子で、東大文学部を卒業している。父親は彼が3歳の時に家を出てしまった歌舞伎役者だというから、学歴も血筋もいい。だから、週刊誌で報じられるような破廉恥なことをしてしまったのかも知れない。

 木曜日の午後9時に放送されている『六本木クラス』でも、香川さんはふてぶてしい悪役を演じている。ちょっと風変わりな魔女のような麻宮葵役の平手友梨奈さんが、香川さんの餌食になっていないかと心配している。私の市から生まれた女優さんというだけでなく、とても個性的な女性だからもっと羽ばたいて欲しいと思っているからだ。

 平手さんとは恋敵となる楠木優香役の新木優子さんは美人で知的な面もあってとても魅力的だ。小説もドラマも、私の孫の世代となった。時代から教えられることは多く、生きてきたことを素直に喜んでいる。

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人はみな花なのだ

2022年09月01日 17時37分19秒 | Weblog

 台風11号の影響で連日、湿った風が時々強く吹いてくる。ガラス窓を開けておくのか閉めておくのかでカミさんと意見が合わない。歳を取ると互いに我が強くなり、納得しないことが多くなると、新聞の投書欄でよく見かけるが、我が家も例外ではないと痛感する。

 物が見当たらないとカミさんが、「あなたが捨てたでしょう」と決めつけてくる。以前はムッとして反論していたが、それでは気まずくなるので、「そうかも知れない。ごめんね」と謝ることにしている。けれど、蒸し暑い部屋では熟睡できないから、「エアコン点けようよ」と提案するが、「こんな涼しい風が吹いてるのにもったいない」と言い切る。

 昨夜も押し切られ、ガラス戸を半分開けて寝た。南から冷たく湿った風が吹き込んできていた。朝起きるとカミさんは、「何だか身体が重い」とか「熱中症なのかな」とかブツブツ言い、食事が終わると「やっぱり少し横になる」と言って寝てしまった。顔色もよくないから、「熱はどう?」と聞くと、「熱は無い」と言う。

 白内障の手術をして眼鏡を新しくしたけれど、「新聞や雑誌を読んでいると頭が痛くなる。処方箋が間違っているんじゃないかな」と医師を疑う。「やってもらった以上は先生に、あなたが気になることを相談する以外に無いよ。先生を信頼しなかったら、症状はますます悪化するよ」と私見を伝える。

 私は仏教徒では無いが、「過去は追ってはならない。未来は待ってはならない。ただ現在の一瞬だけを強く生きなければならない」と思っている。強く生きるためには無になって、現実を受け入れる以外に無い気がする。本当は松井秀喜さんが言うように、「花よりも、花を咲かせる土になれ」が大切な生き方だと思う。でも、この世に生まれた人は誰もが、大輪や小輪の違いはあっても、花なのだ。

 台風はどうなっているのだろう。今晩もエアコン無しで寝なくてはいけないのだろうか。

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