「おお、キルアンがいるぞ」
目のいいモカドが言った。するとシュコックが身を低くしながら言った。
「いるか、どこに」
「あそこだ」
モカドが指さす方向に目を強めると、なるほど、一際大きな雄がいた。キルアンだ。青みがかった灰色の毛皮に、天に向かってそりあがったみごとな角。しきりにあたりをうかがっているするどい顔。まちがいない。キルアンだ。
「あいつ、毒でも死なないんだ。何でだろう」
レンドがつぶやくように言った。
「俺の矢、確かにあのとき当たったのに」
サリクがそれに答えた。
「時々、我慢強いのがいるのさ。死んだ母ちゃんから聞いたことがあるんだ。鹿でも魚でも、時々特別なのがいるんだってさ」
「特別か。確かに、人間にも時々いるよな」
レンドは後ろのアシメックを気にしながら言った。
シュコックは茂みの中に身を伏せながら、キルアンを観察した。キルアンがいては、容易に手を出せない。こっちが狙っているのに気が付いたら、必ずキルアンが出て来て邪魔をするからだ。
「あっちに行くのを待つしかないな。簡単に手を出すと、体当たりしてくるんだ」
シュコックが言った。
「去年はあれでナエドが大けがをした」
「気をつけろ、頭を低くしろよ」
アシメックも大きな体をできる限り小さくし、茂みに身を隠した。鹿は鼻はそれほどよくない。匂いがしても人間には気付かない。だが安心はできない。気の小さいやつにでも気づかれたら、絶対にキルアンが出てくる。
「あれは群の守り神でもやってるつもりなのかな」
「さあね。しかし見れば見るほどでかいな。毛並みも普通の鹿とどこかちがう」
「おい! まて!」