春が深くなると、アマ草はひいて、カシモ草が生えてくる。そうすると、鹿は山に帰っていく。イタカの野に鹿がいなくなり、鹿狩りの季節が終わると、村は急にそわそわしだす。春の祭りが来るのだ。
歌垣だ。一年に一度の、恋の祭りが来るのである。
鹿の群れが去った後の、イタカの野に夢の櫓を立て、その周りで男と女が踊り、歌を歌いあって、呼びあうのだ。
男と女がいる限りは、恋は限りなく成立する。互いを恋する思いを歌にこめ、この日ばかりはどうどうと胸の内をうちあけあうのである。
肩の怪我もなおり、すっかり調子を取り戻したアシメックは、イタカの野に櫓を建てるのを手伝った。木を組み、鹿皮をかぶせて、美しい櫓を建てる。本番にはこれに花も飾って、たいそう立派な建物になる。カシワナカの印も彫りこんだ板も飾った。神の許しの元、人間はこの日ばかりはと、恋をしあうのだ。
アシメックはもうだいぶ前から参加していないが、その日が近づくたびに、いろいろといいことをしてやった。若いやつらが好きな男や女を見る時の目が、かわいくてならなかったからだ。
エルヅに言って、宝蔵の村の共有財産から、魚骨ビーズの首飾りや鹿の歯の腕輪を貸し出させた。きれいな鹿皮の帯も出した。普段は村でいいことをした男や女でしかつけられない魚骨ビーズの首飾りも、歌垣の日だけは、若いものもつけていいことになっていた。化粧用の赤土も、たくさんとりにいかせた。男も女も、それはきれいに装いたいのだ。