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世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

青い鹿⑤

2017-12-21 04:13:40 | 風紋


ソミナは囲炉裏のそばに座り、火をかきたてて何かを煮始めた。しばらくして米の匂いがしてきた。ああ、米を煮てくれているのか、とアシメックは思った。米はいい。あたたかい米を食えると思っただけで、安らいでくる気がする。ソミナはいつもより水を多くして、ミコルがくれた薬草もきざみ入れて、うまい粥を作ってくれた。アシメックはそれを食いつつ、仲間とはいいものだとしみじみ思った。弱っているおれを助けてくれる。

粥を食べ終えて、しばらく休んでいると、シュコックとセムドが家に入ってきた。

「大丈夫か、アシメック」

シュコックの心配そうな声に、アシメックは笑いながら、「ああ、大丈夫だ」と言った。セムドはすまなそうな顔をして、アシメックに言った。

「すまん。わしのせいだ。わしが、トカムを連れて行ってくれなんて言わなかったら」
「いいんだよ、それは。トカムはどうしてる?」
「家でひきこもっている。反省はしているようだ。謝りたいが、気持ちがつらくてできないようだ」
「そうだろう。しばらくはそっとしておいてやったほうがいいだろう」

セムドは深いため息をついた。彼はトカムのことをことのほか心配しているのだ。もういい大人だというのに、未だに仕事が決まっていない。手に技を覚えさせてやろうと、ヤルスベに修行にやっても、すぐにあきらめて帰って来る。かといって、女のように家で茅織りをしたり酒をこしらえたりするのも嫌だというのだ。茣蓙くらいは編むが、それもみなのように上手ではない。




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青い鹿④

2017-12-20 04:12:49 | 風紋


「トカムはどうしてる?」

アシメックが聞くと、ソミナは少し目を曇らせた。
「セムドが連れて行った。セムドは謝りたいって言ってたよ。トカムを狩人組に入れてくれなんて頼むんじゃなかったって」
「ああ、それはいいんだ。トカムも馬鹿をやろうとしてやったんじゃない、気をつかってやれ。こんなことになって、トカムもつらいだろう」

それだけ言うと、アシメックはしばし黙った。肩の痛みに耐えていたのだ。ソミナは苦痛に歪んだアシメックの顔を、心配そうにのぞきこんだ。

「あにや、いたいかい。ミコルに痛み止めもらって来ようか、ちょっと待っておくれね」

そういうと、ソミナは家を出て行った。そしてしばらくして、ミコルと一緒に帰って来た。ミコルも心配そうにアシメックの顔を覗き込み、小さな器を差し出しながら言った。

「これを飲め。イゴの実を煎じた水だ。痛みがしびれてくる」

「ああ、ありがとう」

言いながらアシメックは器を受け取り、ソミナに背中を支えられながら、それを飲んだ。水は苦かったが、アシメックは喉が渇いていたこともあり、それを一気に飲み干した。するとしばらくして、肩の痛みが和らいできた。ミコルの薬はよく効くのだ。




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青い鹿③

2017-12-19 04:13:27 | 風紋


涙を流しながら自分を見ている、ソミナの顔が見えた。

「あにや、あにや、目を覚ましたかい?」

ソミナが嬉しそうな声で言った。アシメックはぼんやりした意識の中で、自分がいつの間にか自分の家にいることを確かめた。

「ああ、ソミナ、どうしたんだ? おれは」

「サリクとシュコックが抱えて、ここまで運んでくれたんだよ。ああ動かないで、肩にけがをしているんだ」

見ると、アシメックの右肩は、きれいな茅布で包まれていた。ソミナが手当てしてくれたのだろう。アシメックは、少し血の染みの浮き出た茅布に触れた。痛みが走った。彼は床に身を預け、しばしまた目を閉じた。

「あの鹿はどうしたんだろう?」

「キルアンのこと? まだ解体されないで、広場においてあるよ。シュコックは、どうするかアシメックにきめてもらうって」

「死んだのか」

「うん、みんなで殺したって」

ソミナは涙をふきながら言った。アシメックが目を覚ましたのが本当にうれしいのだ。真っ青な顔をして運ばれてきた時には、兄が死んでしまったのだと思った。だが強い男というのはなかなか死なない。鹿に頭突きされたくらいでは、絶対に死なない。ソミナは硬くそう信じて、アシメックの手当てをした。




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青い鹿②

2017-12-18 04:12:50 | 風紋


おれも仲間を守っていた、と鹿は言った。

アシメックはぼんやりと鹿を見ていた。鹿の目は月の明るい夜空のような深い青色をしていたが、その中に何かが見えるような気がした。こいつはだれだろう。

星の光が静かに降っていた。アシメックと鹿はしばしともに沈黙を抱いた。夢の中で、何かが起ころうとしていた。

だがおれは死んだ。おれはアルカラより遠いところにいく。おまえは、おれの体を食え。そしておれの角を、神にささげるがいい。そうすればおれは、おまえを祝ってやる。

そういうと鹿は、幻のように解けて消えていった。ふと背後から、またどこかで聞いたことのある声がした。

ケバルライ

その声はアシメックをそう呼んだ。

ケバルライ? それはなんだ、と振り返った途端、彼は目を覚ました。




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青い鹿①

2017-12-17 04:12:47 | 風紋


夢の中で、アシメックは冬の星を見上げていた。あれはカシワナカの星だ。

まだ宵の口だというのに空は漆黒に近く、星はまるで月のように大きく見えた。

まだ冬の最中だが、春はそう遠くない。アシメックは星を見上げながらそう思った。春がくれば鹿を狩ろう。みなが喜ぶだろう。

そう思いながら、アシメックは何かを感じて後ろを振り向いた。

するとそこに、山のように大きな青い鹿がいた。

おまえはだれだ、と鹿は言った。

アシメックは自然に笑い、アシメックだ、と答えた。

鹿は顔をそびやかせ、不満のありそうな顔をした。そしてまた言った。

おまえは、仲間を守ったのか。

今度はアシメックが不思議そうな顔をした。こいつはだれだろう。どこかで見たような気がするが。




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イメージ・ギャラリー⑩

2017-12-16 04:12:57 | 風紋

Woody Crumbo

アメリカ原住民と言えば、バイソンを狩る図を思い浮かべますが、
カシワナ族は鹿を狩っています。
彼らの時代では、まだバイソンが狩れるほど狩りの技術が発展していないのです。
騎馬文化もまだありません。




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春⑪

2017-12-15 04:13:05 | 風紋


アシメックはキルアンを間近に見た。青みを帯びた毛皮が異様に美しく見えた。角が光っているようだった。目は黒に近い深い青色をしていた。知っている。アミザという名の香草をちぎる時、切り口がちょうどこんな色になる。それと一緒に魚を煮ると魚が青くなるが、いい香りがしてうまいのだ。

そんなことをなんとなく考えながら、アシメックはナイフを翻していた。うらあ!という自分の叫び声を聞いた。キルアンの首の、太い動脈があるところが、奇妙に赤く浮いて見えていた。アシメックはそこをめがけてナイフを振り下ろした。

カシワナカよ!!

男が神の名を呼ぶときは、命をかけているときだと、先の族長に聞いたことがある。

サリクたちは見た。再び襲い掛かってくるキルアンに立ち向かい、風がそれるように鹿の横に回り、アシメックがキルアンの首にナイフをさすのを。

鹿の叫び声が聞こえた。アシメックの手を噴き出た血が濡らした。だがまだ油断してはならない。敵は傷を受けてもっと興奮するだろう。どんな反撃をされるやらわからない。

アシメックの後ろで石のように固まっていたトカムを、シュコックが引き戻した。モカドやレンドや狩人組の仲間たちが、一斉にキルアンに向かって矢を放った。サリクは夢中で走り寄り、尻の方からキルアンに飛びついた。

何が何やらわからなかった。みな夢中で暴れまわっていた。そして気付いたとき、足を天に向けて痙攣させている、キルアンの体の上に、みながのしかかっていた。石や矢が周りに飛び散っていた。けがをしているものも何人かいた。

サリクは泣きながら、何度もキルアンの腹をたたいた。シュコックだけは冷静だった。鹿の首をなで、まだ絶命していないのを確かめると、自分のナイフをぬき、とどめをさした。

「死んだぞ」

シュコックが言ったとき、みなはようやく我に返った。トカムは少し離れたところで、身を抱えて震えていた。

アシメックはその近くで、四肢を広げて横たわっていた。




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春⑩

2017-12-14 04:14:23 | 風紋


モカドが声をあげた。みんなに緊張が走った。見ると、少し離れたところで、トカムが群れを離れて出てきた若い雌に近づこうとしていた。草を食べるのに夢中になっている鹿に狙いをつけ、無様な格好で弓を構えている。不用心なことに草の上に頭が丸出しだった。

「あいつ、わかってないぞ!」
レンドが声を殺して叫んだ。
「やめさせろ!」
シュコックが言った時にはもう遅かった。キルアンに気付かれたのだ。

群に緊張が走った。鹿たちは浮足立ち、草を食べるのをやめてそぞろに逃げ始めた。その中を突っ切って、キルアンが出てきた。青みがかった鹿の毛皮が、怪しく燃えているように見えた。

「危ない! トカムを狙ってる!」
「逃げろ、トカム!!」

それを聞いて、トカムはやっと気づいた。哀れな叫び声が起こった。キルアンが走って来る。アシメックは反射的に立ち上がった。

次の瞬間みんなが見たのは、トカムとキルアンの間に飛び込んだアシメックの姿だった。

サリクは弓をつがえた。毒をつけている暇はない。夢中で打った。だがキルアンには当たらない。アシメックはトカムをかばい、キルアンの体当たりをまともに受けた。

体躯に衝撃が走った。鹿の頭突きは予想以上にきつかった。骨がきしみ、内臓が揺れるのを感じた。だがアシメックはこらえた。衝撃を腰で受け止め、態勢を崩さなかった。後ろにトカムがいるからだ。角が刺さった肩のあたりが燃えているようだったが痛みを感じている暇はない。彼はほとんど無意識のうちにキルアンの角をつかみ、それを渾身の力でねじり返した。

キルアンは思わぬ反撃に驚いたのか、二、三歩退いた。アシメックは腰のナイフを抜いた。

サリクが金切り声のような叫びをあげているのが、奇妙に長く聞こえた。




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春⑨

2017-12-13 04:12:57 | 風紋


「おお、キルアンがいるぞ」
目のいいモカドが言った。するとシュコックが身を低くしながら言った。
「いるか、どこに」
「あそこだ」
モカドが指さす方向に目を強めると、なるほど、一際大きな雄がいた。キルアンだ。青みがかった灰色の毛皮に、天に向かってそりあがったみごとな角。しきりにあたりをうかがっているするどい顔。まちがいない。キルアンだ。

「あいつ、毒でも死なないんだ。何でだろう」
レンドがつぶやくように言った。
「俺の矢、確かにあのとき当たったのに」
サリクがそれに答えた。
「時々、我慢強いのがいるのさ。死んだ母ちゃんから聞いたことがあるんだ。鹿でも魚でも、時々特別なのがいるんだってさ」
「特別か。確かに、人間にも時々いるよな」
レンドは後ろのアシメックを気にしながら言った。

シュコックは茂みの中に身を伏せながら、キルアンを観察した。キルアンがいては、容易に手を出せない。こっちが狙っているのに気が付いたら、必ずキルアンが出て来て邪魔をするからだ。

「あっちに行くのを待つしかないな。簡単に手を出すと、体当たりしてくるんだ」
シュコックが言った。
「去年はあれでナエドが大けがをした」
「気をつけろ、頭を低くしろよ」
アシメックも大きな体をできる限り小さくし、茂みに身を隠した。鹿は鼻はそれほどよくない。匂いがしても人間には気付かない。だが安心はできない。気の小さいやつにでも気づかれたら、絶対にキルアンが出てくる。

「あれは群の守り神でもやってるつもりなのかな」
「さあね。しかし見れば見るほどでかいな。毛並みも普通の鹿とどこかちがう」
「おい! まて!」




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春⑧

2017-12-12 04:12:50 | 風紋


アシメックは今日、用があって川を渡り、ヤルスベを尋ねていたのだ。ヤルスベ族に預けてある二人の子供の様子を見るためだった。トカムは早々に帰ってしまったが、残った二人はまじめに勉強し、だいぶ仕事を覚えていた。ヤルスベ族にも大切に扱われているようだった。アシメックは安心して帰って来たのだ。

「おお、アシメック! 今日の狩りはよかったよ!」
アシメックの姿を見るなり、シュコックが言った。アシメックもうれし気に答えた。
「そうか。よかったな。明日はおれも狩りにいこう」
「おお、そうしてくれ、そうしてくれ、きっといい鹿がとれる!!」
シュコックは上機嫌に言った。

その夕餉の隅っこで、トカムがつまらなそうに、煮た鹿の足を噛んでいた。

次の日の狩りには、アシメックも参加した。シュコックを先頭に、一列になって狩人組はイタカに向かう。アシメックは最後尾のトカムを気にしながら、自分の弓を持って続いた。

トカムは居心地が悪そうだった。アシメックの視線をしきりに気にしている。ヤルスベでの仕事もまともにできなかったことを気にしているのだろう。アシメックも苦い思いを抱いていた。オラブのようなことにしないためにも、トカムにあった仕事を見つけてやりたい。一応今は狩人組に入れてもらってはいるが、こんな仕事にトカムが合っているとは思えない。下手をやらないように気を使ってやらねばなるまい。

アシメックは無意識のうちに腰のナイフに手を触れた。今朝のミコルの占いが振るわなかったので、エルヅに頼んで長めのナイフを借りてきたのだ。毒の皿と一緒に腰にさげてある。なんでかわからないが、そうしたほうがいいような気がしたのだ。狩人組でナイフを携行していいのはシュコックだけだったが、アシメックは族長だから別格だ。

イタカの野に入ると、遠目に、昨日よりも多くなった鹿の群れが見えた。若草色の角を生やした雄が多くいる。一行は目をそばだてた。弓を持つ手に力が入る。




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