◇「サクリファイス」(原題:SACRIFICE)
著者:アンドリュー・ヴァクス(Andrew Vachss)
訳者:佐々田雅子 早川書房1993.5刊
「幼児虐待はいつの日か人類を裁きかねない最悪の疫病である。」
アンドリュー・ヴァクスのバーク・シリーズを通底する問題意識は、徹底している。
「幼児期に虐待を受けた被害者は、成長して後加害者に転化して、犯罪
あるいは悲劇を拡大再生産していくという構図が、この作品「サクリファイス」
でおぼろげながらわかって来たような気がする。」これは翻訳者の言で
ある。
日本でも最近頻繁に耳にするようになった幼児虐待。実の親が何故
そのような虐待を我が子にできるのか。通常人には信じがたい事実を
見聞きするにつけ、その背景には加害者自身の被虐待体験があって、
追体験が我が子に向かっているという現状が明らかになると、いたた
まらない気持ちになる。普通自分の悲惨なつらい体験は、我が子には
絶対させたくないというのが親の自然の心と思うが、トラウマの発現構造
・プロセスはやはり常人には計り知れない。
とりわけ本書で主題の幼児性的虐待は、欧米とりわけ米国での幼児
虐待の殆どがそれではないかと思うほど蔓延している感じがする。
しかも同病(というと「病気」という聖域に逃げ込ませることになるが…)
の加害者が、ネットワークを作っておぞましい情報や経験を交換し合ってお
り、仮に彼らを捕らえ起訴したとしても、宗教上の儀式とか悪魔崇拝主
義の表れとか御託を並べ、弁護士と一緒になって幼児の証言を抑え込
み、結局大手を振ってまた社会に舞い戻り、卑劣で残忍な悪魔の所業
を繰り返す。
作者が、その実態を知れば知るほど冒頭の「人間の最悪の疫病」と断
ぜざるを得なくなる気持ちは伝わってくるような気がする。
作者アンドリュー・ヴァクスは、自身青少年犯罪と幼児虐待専門の弁護士
で、弁護士になる前にも債権取り立て屋、ギャンブラー、タクシー運転手な
ど雑多な職業を転々としているとか。結構悪の世界にも詳しい。
第1作の「フレッド」、「赤毛のストリーガ」、「ブルー・ベル」、「ハード・
キャンディ」、「ブロッサム」すべての作品を読んだが、その殆どが幼児
虐待、青少年犯罪、売春世界、犯罪社会がテーマ。主人公の私立探
偵バークは自身幼児虐待の被害体験があることから、幼児虐待加害者
への限りない憎しみと「悪魔退治」に掛ける気迫が全編に漲るものとな
っている。
もうひとつ、この作品の幼児虐待被害者「ルーク」は、幼児期に両親
から凄惨な虐待を受け、その苦痛と恐怖から逃れようとして多重人格
を発現、その人格の一人が幼児殺人を犯すという悲惨な被害者となっ
て検察から起訴を受けようとしている。バークはルークの真の背景、虐待
のネットワークの存在を執拗に追い、復讐を企てる。一方、このルークはバー
クの計らいで一時身を隠し、バークを取り巻く友人たちの助けで、多重人
格のくびきから逃れ、主人格の優しい男の子に戻るところが救いであ
る。
私立探偵バークは自身幼児虐待の被害者であった。幼児期に辛い虐
待を受け、悪行に手を染める。入った刑務所で覚えた処世訓を元に探
偵になるが、探偵らしくからぬ仕事に明け暮れている。
彼を取り巻く面々は、正しい盗みを教えるプロフ、聾唖者で拳法のツワ
モノのマックス、連絡役で、かつ、あがりの配分役ママ、何でも作ってしまう
モグラ、女検事補ウルフ、幼児保護施設のリリイ等々。強烈な個性の持ち主
がそれぞれの特技・地位を生かしながら「ほんとの悪いやつら」を懲らし
めていく。時々どこかでいかがわしい軍資金を稼ぎ出すこともやる。
単純なハード・ボイルドではないところが面白い。
(サクリファイスとは「生贄」。作中重要な役割を演ずる西インド諸島のヴー
ドゥー教の巫女が登場するが、この過程で「生贄」も。また幼児虐待
被者の暗喩でもある。)
なお、このバーク・シリーズは本書でおしまい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/67/0552e74f7c9cf33a46b1e10b68eba81a.jpg)
著者:アンドリュー・ヴァクス(Andrew Vachss)
訳者:佐々田雅子 早川書房1993.5刊
「幼児虐待はいつの日か人類を裁きかねない最悪の疫病である。」
アンドリュー・ヴァクスのバーク・シリーズを通底する問題意識は、徹底している。
「幼児期に虐待を受けた被害者は、成長して後加害者に転化して、犯罪
あるいは悲劇を拡大再生産していくという構図が、この作品「サクリファイス」
でおぼろげながらわかって来たような気がする。」これは翻訳者の言で
ある。
日本でも最近頻繁に耳にするようになった幼児虐待。実の親が何故
そのような虐待を我が子にできるのか。通常人には信じがたい事実を
見聞きするにつけ、その背景には加害者自身の被虐待体験があって、
追体験が我が子に向かっているという現状が明らかになると、いたた
まらない気持ちになる。普通自分の悲惨なつらい体験は、我が子には
絶対させたくないというのが親の自然の心と思うが、トラウマの発現構造
・プロセスはやはり常人には計り知れない。
とりわけ本書で主題の幼児性的虐待は、欧米とりわけ米国での幼児
虐待の殆どがそれではないかと思うほど蔓延している感じがする。
しかも同病(というと「病気」という聖域に逃げ込ませることになるが…)
の加害者が、ネットワークを作っておぞましい情報や経験を交換し合ってお
り、仮に彼らを捕らえ起訴したとしても、宗教上の儀式とか悪魔崇拝主
義の表れとか御託を並べ、弁護士と一緒になって幼児の証言を抑え込
み、結局大手を振ってまた社会に舞い戻り、卑劣で残忍な悪魔の所業
を繰り返す。
作者が、その実態を知れば知るほど冒頭の「人間の最悪の疫病」と断
ぜざるを得なくなる気持ちは伝わってくるような気がする。
作者アンドリュー・ヴァクスは、自身青少年犯罪と幼児虐待専門の弁護士
で、弁護士になる前にも債権取り立て屋、ギャンブラー、タクシー運転手な
ど雑多な職業を転々としているとか。結構悪の世界にも詳しい。
第1作の「フレッド」、「赤毛のストリーガ」、「ブルー・ベル」、「ハード・
キャンディ」、「ブロッサム」すべての作品を読んだが、その殆どが幼児
虐待、青少年犯罪、売春世界、犯罪社会がテーマ。主人公の私立探
偵バークは自身幼児虐待の被害体験があることから、幼児虐待加害者
への限りない憎しみと「悪魔退治」に掛ける気迫が全編に漲るものとな
っている。
もうひとつ、この作品の幼児虐待被害者「ルーク」は、幼児期に両親
から凄惨な虐待を受け、その苦痛と恐怖から逃れようとして多重人格
を発現、その人格の一人が幼児殺人を犯すという悲惨な被害者となっ
て検察から起訴を受けようとしている。バークはルークの真の背景、虐待
のネットワークの存在を執拗に追い、復讐を企てる。一方、このルークはバー
クの計らいで一時身を隠し、バークを取り巻く友人たちの助けで、多重人
格のくびきから逃れ、主人格の優しい男の子に戻るところが救いであ
る。
私立探偵バークは自身幼児虐待の被害者であった。幼児期に辛い虐
待を受け、悪行に手を染める。入った刑務所で覚えた処世訓を元に探
偵になるが、探偵らしくからぬ仕事に明け暮れている。
彼を取り巻く面々は、正しい盗みを教えるプロフ、聾唖者で拳法のツワ
モノのマックス、連絡役で、かつ、あがりの配分役ママ、何でも作ってしまう
モグラ、女検事補ウルフ、幼児保護施設のリリイ等々。強烈な個性の持ち主
がそれぞれの特技・地位を生かしながら「ほんとの悪いやつら」を懲らし
めていく。時々どこかでいかがわしい軍資金を稼ぎ出すこともやる。
単純なハード・ボイルドではないところが面白い。
(サクリファイスとは「生贄」。作中重要な役割を演ずる西インド諸島のヴー
ドゥー教の巫女が登場するが、この過程で「生贄」も。また幼児虐待
被者の暗喩でもある。)
なお、このバーク・シリーズは本書でおしまい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/67/0552e74f7c9cf33a46b1e10b68eba81a.jpg)