◇『ブラック・ベティ』(BLACK BETTY)
著者:ウォルター・モズリー(Walter Mosley)
訳者:坂本 憲一 1996.1 早川書房 刊
イージー・ローレンス・シリーズ第4作目。第1作目の『ブルードレスの女』はレイモ
ンド・チャンドラー張りの作風で絶賛を浴びた。(映画化では「青いドレスの女」)
題名に色を付けているのが特徴(ブルードレスの女、赤い罠、ホワイト・バタフライ、
ブラック・ベティ、イエロードッグ・ブルースなど)。
主人公は黒人の私立探偵。しかし免許をもって探偵を業としているわけではない。黒人
社会に詳しく、人脈が豊富で情報収集に長けていることからいろんないところからい依頼
がある。言ってみれば素人探偵である。
イージーも本書では結婚に敗れ、養子のフェザーとジーザスと暮らしている。15歳で
緘黙状態にあったジーザスが言葉を発するようになって喜んでいる。一方ベティの息子テ
リーの殺害現場で背中を刺され重傷を負ったり、親友のマウスから密告を疑われて危うく
殺されそうになったりする。
今回イージーの下に舞い込んできたのは、かつて彼が少年時代に胸を焦がした年上の女
「ブラック・ベティ」を探し出してほしいとの依頼。その裏には5000万㌦に及ぶ遺産相
続が絡んでおり、連続殺人にまで発展する。
時代設定は1960年代。63年にケネディ暗殺、64年ハーレム等で人種暴動頻発、65年
マルコムX暗殺、68年キング牧師暗殺とまさに激動の暗黒時代であった。まさしくこの時
代は希代の自称狂犬作家ジェイムズ・エルロイが『ホワイト・ジャズ』、『LA・コンフ
ィデンシャル』で描いた歴史の一コマである。
「…私が居残って犯人の向かいそうな家のことをしゃべっても、彼らは私を留置場にぶ
ちこんでいただろう。かれらはその番地に,急行しなかったはずだ。彼らは犯罪者のたわ
ごとに耳を貸さないから。そして黒人はみな犯罪者なのだった。…」
これがアメリカ社会の実態なのだ。黒人を些細なことで殴打しあるいは射殺して指弾を
浴びる事件など白人警官にとっては単に運が悪かっただけなのだろう。アメリカ社会の白
人と黒人の厚い宿命的隔壁をここに見ることができる。モズリーはこうした実態を余すこ
となくこのシリーズに書き込んで迫真のハードボイルドに仕立てている。
こうしたアメリカ社会におけるアフリカ系アメリカ人をはじめ移民人種と白人の抜きが
たい人種差別と融合し得ない文化を冷厳にとらえているところがモズリーの作品の魅力の
一つであろう。
(以上この項終わり)
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