◇『川は静かに流れ』(原題:DOWN RIVER)
著者:ジョン・ハート(John・hart)
訳者:東野 さやか 2009.3 早川書房 刊
「僕という人間を形作った出来事はすべてその川の近くで起こった。川が見える場所で母を失い、
川のほとりで恋に落ちた。父に家から追い出された日の、川のにおいすら覚えている」
本書の主人公アダムが生まれ育ったノース・カロライナ州ローワン郡を流れるヤドキン川。
確かにエドガー賞をもらっている作品で数件の殺人事件も起きているのでミステリー・サスペンス
小説であることは否定しないが、これは明らかに家族小説である。本書冒頭で作者本人が言ってい
る。「家族崩壊は豊かな文学を生む土壌である。」と。
主人公のアダムは無実の罪で法廷に引きずり出された。義母の証言が決定的で起訴となったが結
果は無罪。(なぜアダムを犯人と証言したのか真相は終盤で明らかにされる)しかし周囲の目は冷
たく無罪を信じようとしない。何よりのショックは父親のジェイコブが義母の証言を信じたことだ。
父親に勘当されたアダムは恋人のロビンを残しNYへと逃れる。
そして5年。親友のダニーが電話でダニーに助けを求めてきた。二度と帰るまいと思っていた故郷
の地に戻って来たアダムの心の裡には、許しがたくも懐かしい父とロビンの姿があった。
幼いころの母の自殺、父親の再婚。義母のジャニス、双子の連れ子の姉弟、父の親友で農場の監督
者ドルフ、その孫娘でアダムが妹のように愛しているグレイス、子供のころからの友人ダニー、今は
刑事となっている恋人のロビン、その同僚刑事グラサム、元ヒッピーのサラ…登場人物は多い。
父や義母との確執に加えて義理の姉弟が抱えた問題、襲われたグレイスをめぐる犯人探し、行方不
明のダニー探し、アダムが犯人とされた殺人事件の真犯人探し、それぞれが互いに係わりをもって絡
み合う。
猪突猛進型のダニーは、警官であるロビンに抑えられながらも、自分の力だけで問題を明らかにし
ようと懸命に動き回る。
終盤、思わぬ事実が明らかになり、悲劇的な事態伴いながらいろんなことが一応収まるのであるが、
とにかくここまで複雑な人間関係を巧みに絡み合わせ物語とする作者の構築力は並ではない。
作者ジョン・ハートは処女作の『キングの死』がエドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)処女長篇
賞を受賞、本作も同賞の最優秀長編賞を受賞し、第三作の『ラスト・チャイルド』も同賞最優秀長編賞
を受賞するという快挙を成し遂げた。最新作は『終わりなき道』(2016.)。
(以上この項終わり)
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