◇ 『64ロクヨン』 著者:横山秀夫 2012.10文芸春秋 刊
「64」という題名は奇異な感じを受けたが、作中のD県で昭和64年に起きた幼児誘拐殺人事件を指す
同県警刑事警察の符蝶乃至略称である。部内では「ロクヨン」だけでこの未解決誘拐事件の特異性を一
発で表現できる。
主人公は根っからの刑事畑人間の三上義信。46歳の警視ではあるが、多分高校同級生でありかつ警
察学校同期の二渡(警務調査官)の差し金で刑事部人事から外され、不慣れな警務部広報官で不遇を
かこっている(実は刑事3年目に1年間広報勤務を経験している)。
自らの不遇を嘆きながらも3人の部下と共に広報の改革を試み、どうやら三上の真意が伝わってきたか
と思われた矢先、交通事故被害者の匿名発表をめぐり記者会との軋轢が激化し、県警本部長への抗議
文の手交、折しも告げられた不可解な警察庁長官視察には報道の取材拒否まで自体が悪化する。さらに
14年前の幼児誘拐殺人事件「64」の怪しげな幸田メモなるものが浮上、悪夢の未解決大事件が亡霊の
ごとく立ち戻ってくる。
そんな騒ぎの中、突然女子高生営利誘拐事件が発生する。しかもその細部までが14年前の幼児誘拐
殺人事件と酷似する不可解さ。
三上は広報室と記者クラブの騒ぎの中で、事件解決までの「報道協定」 約束取り付けに奔走する。
実は三上にはあゆみという娘がいる。高校入学ころに心を壊し登校拒否、引き籠りに陥り、家出をした
まま行方が分からない。妻の美那子はうつ状態にある。三上は家庭と職場のストレスからか時折めまい
を起こすメニエール病の症状を覚える。
県警内部の警務部と刑事部の確執、警察庁の覇権主義、本庁(警察庁)と県警の指導権(ポスト)争い、
警察組織とマスコミ、とりわけ新聞記者とのパワーゲーム、警察の組織的隠蔽体質、家庭・家族を思う心
と仕事への熱き思い、正義感と保身心理との揺らぎなどさまざまな糸が織りなす事案の展開は、重い内容
であるが、硬派の元刑事が、警務の犬などとそしられながらも、警察組織で世間に開かれた唯一の窓とも
言える「広報室」の事なかれ体質を変えて、世間との接点である記者会のメンバーとの信頼関係を醸成す
るために腐心する姿には、自分の意に沿わない仕事にふて腐れて投げやりになったり、簡単に辞めてしま
ったりする近年の一般的サラリーマンの風潮を思うと、一種の清々しさを覚える。
64の事件と新たに発生した営利誘拐事件は意外な展開と驚がく的な結末を迎える。
本書の帯には「究極の警察小説完成」とある。本書は中身の濃さからみても著者が満を持しての作品と
いってよいだろう。
作中「寸止め」という表現が出て来た。「半落ち」を思い出した。何となく警察という特殊世界の業界用語
らしく、納得した。
(以上この項終わり)
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