
【今週のつぶやき】多文化共生ということ
人口減少社会になって、労働力が不足し社会の活力が失われていくことから、多文化共生を語る人が多い。果たしてそれは多文化共生といえるのであろうか。結局は、日本人でもなかなか定着しないような低賃金でストレスの強い職場に外国人労働者が求められてしまう。そもそも、そうしたケア労働の職場の改善こそが求められている▼もう一つの違和感は、中国や朝鮮半島から日本に渡り、あるいは戦時中に強制的に移住をさせられ、「在日」として生きてきた皆さんに対しても多文化共生と言っているのかということだ。日本は侵略戦争を行い、その戦争は負け戦となった。戦後は、欧米列強に比肩するほどの復興を遂げたが、大東亜の雄を目指す思想は生き残っていて、他のアジア諸国と共生していくという思想が薄いのではないかと思われる▼侵略をされ日本に移住し過酷な歴史を背負ってきた「在日」の皆さんの歴史と文化に目を向けることができずに、なぜ外国人労働者として訪れるアジアの人々との多文化共生を語ることができるのだろうかと自問する▼外国人による事件が報道されるたびに「外国人は怖い」と語る人も多い。「怖い」の陰にあるのは「知らない」ということがある。日本に暮らす外国人と意思疎通ができて、その外国人にも家族がいて人生があることを知ることができれば「怖い」は、氷塊していく。意思疎通のカギは言葉である。最近は、便利なIT機器もあるし、多言語に対応するスマホのソフトも開発されている。今、目の前にいる何かに困っている外国人が何を聞こうとしているのか、「知る」ことを通じて、あるいは「知ろう」とすることから、多文化共生の途は始まるのだろう。
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