私がこのバーゼルという街の名前を初めて聞いたのは,もう30年以上前になる。多くの人にとって,観光地でもなんでもないバーゼルという街はドイツ・フランス国境の街で街の真ん中をライン川が流れている商業都市というくらいのものであろうが,私にとってはすごく思い入れのある街だ。それもBaselではなく,バーゼル。その文字を初めて目にしたのは1970年頃の現代ギターというギター専門誌のある記事の中だった。ギターの専門誌であるこの雑誌が古楽器,特にリュートの紹介に力を入れだしたのがちょうどそのころで,当時バーゼルのスコラ・カントルムで勉強していたリュート奏者の佐藤豊彦氏が盛んにリュートの紹介や自分の勉学のことについて投稿していた。当時まだ高校生であった私はそれらを読み,その音楽へのあこがれとともにバーゼルという未知の土地へも強い関心を持った。
2階席にすわってほどなく,照明が減滅して演奏がはじまった。ここからは演奏者とアシスタントの動きがよく見える。アシスタントは音色を変えるためのストップの変更をしたり楽譜をめくったり,時にはペットボトルの水を演奏者に差し出したりと大忙しである。今日の奏者は体を右に左にゆらしながら演奏していたが,演奏中指がもつれてよくミスをしていた。私はこの一年間の「修行」でリュートを演奏する際の無駄な動きをかなりとったつもりだが,その目で今日のオルガニストを見ていると,上半身の無駄な動きが非常に気になった。演奏はお世辞にも上手とは言えず,今日の演奏は残念ながらはずれだ。とびきり上手な人もいるが,年間50人を超えるオルガニストが演奏するわけだから,あたりはずれがあるのは当然かもしれない。出口には「寄付金箱」持った方がいて,いつもならこの程度の演奏に対しては寄付をしないことにしているが,今日は久しぶりに聴かせてもらったということで小銭を箱に入れ,教会を後にした。