たとえばマグロがどういう魚かを子どもに理解させるには、実物を見せなくてはならない。
図鑑や映像ではダメである。それでは大きさが分からない。水族館で本物を見せれば、どのように動くかまで分かって、子どもは本当にマグロを理解する。だから、子どもはマグロの刺身を食べるときにも、その刺身がどんな魚の肉かイメージすることができる。(マグロの解体ショーも子どもには勉強になるだろう。)
私が小学校のときにリットルという単位が出てきた。父親は10センチ立法の容器をボール紙で作って、これが1リットルという量であると教えてくれた。私は一発で分かった。
その容器の下から1センチまでの量が1デシリットルということも分かった。1センチ立法のさいころのような立方体が、1デシリットルには100個敷き詰められる。1リットルなら1000個だ。このようなことが実感として分かった。
これらの実感は、その後、濃度やモルといった概念が出てきても、それらをイメージするのに役立った。
子どもには見せて触らせて教えるべきである。教育上手な父親だった。
図鑑や映像ではダメである。それでは大きさが分からない。水族館で本物を見せれば、どのように動くかまで分かって、子どもは本当にマグロを理解する。だから、子どもはマグロの刺身を食べるときにも、その刺身がどんな魚の肉かイメージすることができる。(マグロの解体ショーも子どもには勉強になるだろう。)
私が小学校のときにリットルという単位が出てきた。父親は10センチ立法の容器をボール紙で作って、これが1リットルという量であると教えてくれた。私は一発で分かった。
その容器の下から1センチまでの量が1デシリットルということも分かった。1センチ立法のさいころのような立方体が、1デシリットルには100個敷き詰められる。1リットルなら1000個だ。このようなことが実感として分かった。
これらの実感は、その後、濃度やモルといった概念が出てきても、それらをイメージするのに役立った。
子どもには見せて触らせて教えるべきである。教育上手な父親だった。