いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

自衛隊の憂うつ。 melancholy of the self defense forces

2015-06-25 19:34:32 | 日記
 (1)ホルムズ海峡の機雷封鎖の掃海作戦が集団的自衛権の行使にあたると主張する安倍首相の「旧時代(戦前の大東亜共栄圏)感覚」が問題だと書いたが、突如というか海上自衛隊が硫黄島海岸部で機雷掃海作業の訓練をメディアに公開した。

 日本(自衛隊)の機雷掃海技術は国際的にも高いといわれて、任務遂行の意欲と心構えの出来ていることでも知らせるつもりなのだろうか。

 (2)安保法制案の「ネック」は、多くの憲法学者が指摘する違憲判断に国民の過半数が反対(直近世論調査)する世論、9月27日までのかってない大幅な国会会期延長、その間の首相の戦後70年談話と次々、いろいろと控えているが、最大のネック(ultimate neck)は法案が成立すれば任務を遂行することになる自衛隊の能力、意欲だ。

 国際的な見方では自衛隊はすでに強力な軍隊能力があるといわれているが、国内的に見れば防衛大出身の幹部候補生の任官が必ずしも十分でない(直接民間企業就職)とか、その他自衛隊員の募集確保に苦労する話もあり、同盟国米軍ほかとともに海外戦闘地域に加わるあるいは単独で遠く離れた海外戦闘地域で作戦行動(ホルムズ海峡掃海作戦)にあたる意欲、決意、使命、能力が十分に備わって機能するのか、はなはだ心もとないところだ。

 (3)国際紛争を解決する手段としての戦力を保持せずに、交戦権を有しない平和憲法第9条を守る立場の自衛隊が上述のような安保法制案の数々の「ネック」の中で安倍政権と憲法学者、国民の対立の間で、良心的、善良な意思統一のもとで作戦行動に従事できるのかはむずかしい判断に迫られる。

 安保法制案を巡る国会審議混乱、社会情勢の中で任務遂行を名誉、本望と思えるのか、自衛隊員に高度な自律力が求められて、はなはだむずかしい判断行動だ。

 (4)仮に自衛隊が日本と国民を守るために海外の戦闘地域に出かけていくとすれば、それは安倍首相の政治理念、信条による憲法解釈の変更などによるものではなく、憲法改正にもとづく国、国民の圧倒的な支持、期待、要望に基づくものでなければ意気に感ずるものでもなく、使命感もない意味も意義もないものになるだろう。

 安倍政権は首相自らの政治理念、政治目的を通すだけでなく危険、危機事態業務に任務する自衛隊員の心情、心理も考えなければ、目標を達することなどできない。

 (5)その可能性は大きいし、安保法制実施の最大のネックとなるだろう。政府が推進するものと一作家の煽動とは次元が違うが、70年の作家三島由紀夫は当時の自衛隊の合憲性を求めて、自衛隊に乗り込んで憲法改正による正当性のクーデターを訴えたが、集まった当時の自衛隊員からは問題にされずに目的を達成することが出来ずに自決した。

 現在の自衛隊は関連法(防衛省設置法)改正で制服組と官僚(私服組)が対等関係で防衛相を補佐する組織に変わり、そうした流れの中での自衛隊の能力、機能誇示のための冒頭の機雷掃海訓練の公開だったのではないのか。
 自衛隊の憂うつ(melancholy)、ジレンマが見えるようだ。

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