(1)NHK・BSで来日(台風来襲を避けて1966年6月29日早朝深夜)した6月にビートルズ来日公演の軌跡(locus)を追う番組があった。当時の映像は限られてこれまでも幾度なく見てきたものだがいつもナゼか心騒ぐものがあるのは、それがそのままビートルズの魅力(fascination)なのだろう。
ビートルズ来日の公式カメラマンとなった浅井慎平さんを案内人に、当時として破格の警備体制を担当した警察担当者の苦労話、アリーナからオーディエンスを排除した武道館コンサートをそれでも比較的近くの席から見た宇崎竜童さんの想いを交えて伝えていた。
宇崎竜童さんがいまだに当時のビートルズの曲を超えるものを書きたいが書けないと述懐して、こういう曲が書きたいとビートルズの「nowhere man」をギター弾き語りで歌ってみせた。
ジョン・レノンとポール・マッカートニーさんは厳重な警戒警護をかいくぐって都内見物に出かけて日本文化にも興味があったようだが、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターさんにはそんな話はなくて興味はなかったようだ。
(2)ビートルズを日本に招致するプロモーターに指名された人物が、興業的にビートルズ公演を開く屋内ホールが当時の日本にないことを理由に「断る」ために英国に向かったところ、相手側からは当時のLPレコード(2千円程度)並のチケット料金でいいと言われて日本公演への強い意思を感じて、そこまで言うならと思い直した話などが紹介されていた。
90年当初まではビートルズ音楽一辺倒だった私の耳にも、当時のビートルズはすでに「収入」には興味はなく日本公演は手ごろな低料金設定だったと言われていた。
当時、屋内ホールで1万人収容は日本武道館だけで、しかし日本武道の聖地として1度もコンサートに使われたこともなくて実現に苦労した。
(3)ビートルズのコンサートは30分がルーティン(routine)になっており、武道館コンサートも30分公演だった。熱狂するオーディエンスが騒いで「音」が聞き取れないこともあって、またビートルズの演奏、歌が技術的にも荒々しく(それがビートルズの最大の魅力でもある)洗練されておらずに、「音」はレコードで聴いてというイズムもあったのではないのか。
今年4月のポール・マッカートニーさんの武道館コンサートは3時間の最高10万円の破格のコンサートに様変わりしていた。
日本公演あたりではビートルズはコンサートにはすでに興味も関心もなく、ほどなくしてスタジオでのレコード制作中心の活動に入ることになる。テープの逆回転やギター弦をゆるめてわざと音程をはずして凝った音づくりに励んだりして斬新なコード進行にハーモニーの神髄に回帰して、コンサートで再現することは不可能になっていた。
(4)ビートルズのたった1度の来日公演では異例の宿泊ホテルでの広いルームでの記者会見も用意されて、世界の音楽の歴史を若くして塗り変えた破格のビートルズとしてとても上品とはいえない自由奔放な振る舞い、受け応えで(つまり生意気)、世界規格(global standard)におさまらない時代創造人でもあった。
ビートルズは得意ではないメディア対応にもうんざりしていたのは確かだ。それが次に向かったマニラではジョン・レノンの「キリストよりも有名」発言でひんしゅくを買って、空港では多くの地元暴漢に襲われることになる。
ビートルズ来日の公式カメラマンとなった浅井慎平さんを案内人に、当時として破格の警備体制を担当した警察担当者の苦労話、アリーナからオーディエンスを排除した武道館コンサートをそれでも比較的近くの席から見た宇崎竜童さんの想いを交えて伝えていた。
宇崎竜童さんがいまだに当時のビートルズの曲を超えるものを書きたいが書けないと述懐して、こういう曲が書きたいとビートルズの「nowhere man」をギター弾き語りで歌ってみせた。
ジョン・レノンとポール・マッカートニーさんは厳重な警戒警護をかいくぐって都内見物に出かけて日本文化にも興味があったようだが、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターさんにはそんな話はなくて興味はなかったようだ。
(2)ビートルズを日本に招致するプロモーターに指名された人物が、興業的にビートルズ公演を開く屋内ホールが当時の日本にないことを理由に「断る」ために英国に向かったところ、相手側からは当時のLPレコード(2千円程度)並のチケット料金でいいと言われて日本公演への強い意思を感じて、そこまで言うならと思い直した話などが紹介されていた。
90年当初まではビートルズ音楽一辺倒だった私の耳にも、当時のビートルズはすでに「収入」には興味はなく日本公演は手ごろな低料金設定だったと言われていた。
当時、屋内ホールで1万人収容は日本武道館だけで、しかし日本武道の聖地として1度もコンサートに使われたこともなくて実現に苦労した。
(3)ビートルズのコンサートは30分がルーティン(routine)になっており、武道館コンサートも30分公演だった。熱狂するオーディエンスが騒いで「音」が聞き取れないこともあって、またビートルズの演奏、歌が技術的にも荒々しく(それがビートルズの最大の魅力でもある)洗練されておらずに、「音」はレコードで聴いてというイズムもあったのではないのか。
今年4月のポール・マッカートニーさんの武道館コンサートは3時間の最高10万円の破格のコンサートに様変わりしていた。
日本公演あたりではビートルズはコンサートにはすでに興味も関心もなく、ほどなくしてスタジオでのレコード制作中心の活動に入ることになる。テープの逆回転やギター弦をゆるめてわざと音程をはずして凝った音づくりに励んだりして斬新なコード進行にハーモニーの神髄に回帰して、コンサートで再現することは不可能になっていた。
(4)ビートルズのたった1度の来日公演では異例の宿泊ホテルでの広いルームでの記者会見も用意されて、世界の音楽の歴史を若くして塗り変えた破格のビートルズとしてとても上品とはいえない自由奔放な振る舞い、受け応えで(つまり生意気)、世界規格(global standard)におさまらない時代創造人でもあった。
ビートルズは得意ではないメディア対応にもうんざりしていたのは確かだ。それが次に向かったマニラではジョン・レノンの「キリストよりも有名」発言でひんしゅくを買って、空港では多くの地元暴漢に襲われることになる。