(1)会計検査院の調査で国有地の森友学園小学校用地払い下げ価格が9億円から1億円に値引きされこれに財務省が適正だったと国会で答弁していた問題が「十分な根拠が確認できない」とする報告書を国会に提出した。
今さらながらの9億円が1億円に値引きされる前代未聞の国有地の払い下げで、国民投資(税負担)に負担影響を及ぼす問題の「十分な根拠が確認できない」結果だが、関係書類を破棄したとか記録が残されていないが土地評価は適正だったと主張して国会追及をのがれてきた政府、機関に対して疑問、疑惑が払しょくされない。
(2)一時、森友学園小学校名誉校長を務めていた安倍首相の昭恵夫人の疑惑関与について国会尋問の必要も言われたが、昭恵夫人が公人(public character)なのか私人(private individual)なのかの論議にすりかえられて、私人として国会が召喚すべきでないとしてその後昭恵夫人は表から姿を隠したままだ。
この問題、会計検査院の調査報告により開会中の特別国会でも野党からさらに厳しい追求が考えられるが、関係書類を破棄した、記録が残されていないが価格適正だったとの証言だけの政府、機関からどこまで真相を解明できるのか、こんなことで問題幕引きでは国民から信頼される政治とは認めらるものではない。
(3)こういう経緯からも公人、私人にかかわらずに疑惑関与者から事情を聞くしかないが、ここで問題にするのは公人、私人の定義区分けだ。
実は開会中の熊本市議会で女性母親市議が生後7か月の長男を抱いて議席についた。同市議会では議員、職員以外は議場に入ることができないと定められており(報道)、同市議はこれに同意せずに説得まで40分経過(同)して開会が遅れた。
同市議は「子育て中の女性も活躍できる市議会であってほしかった」(同)と述べているが、同市議が事前に協議することなく「実力行使」で訴える手法は議場の混乱を招くだけだ。
(4)市議は市民の負託を受けた職域、職業としての「公人」であり、母親としての子育ては市民生活個人として共通の「私人」の立場だ。
市民全体の利益、権利、義務について討議、決定する議場に私人として生活行動を持ち込む「公私」混同行為だ。
生後まもない育児問題と議員活動の共存、両立にはむずかしい問題があったのだろうが(本人は子育ての女性も活躍できる市議会を主張)、だからといって市民公益の討議の議場に私的生活問題を持ち込んではまともな討議はできない。
(5)熊本市議会は子育てが大変なことを理解して「子連れでも議会に参加できる仕組みを考えたい」(報道)と議論する考えを示しているが、そんなことができるのか、そんなことで議会の責任が果たせるのか、お手並み拝見だが考えものだ。
世間では働く母親の子育て問題で保育所不足、待機児童問題が社会話題になっている。それを解決するのが議員だ。
今さらながらの9億円が1億円に値引きされる前代未聞の国有地の払い下げで、国民投資(税負担)に負担影響を及ぼす問題の「十分な根拠が確認できない」結果だが、関係書類を破棄したとか記録が残されていないが土地評価は適正だったと主張して国会追及をのがれてきた政府、機関に対して疑問、疑惑が払しょくされない。
(2)一時、森友学園小学校名誉校長を務めていた安倍首相の昭恵夫人の疑惑関与について国会尋問の必要も言われたが、昭恵夫人が公人(public character)なのか私人(private individual)なのかの論議にすりかえられて、私人として国会が召喚すべきでないとしてその後昭恵夫人は表から姿を隠したままだ。
この問題、会計検査院の調査報告により開会中の特別国会でも野党からさらに厳しい追求が考えられるが、関係書類を破棄した、記録が残されていないが価格適正だったとの証言だけの政府、機関からどこまで真相を解明できるのか、こんなことで問題幕引きでは国民から信頼される政治とは認めらるものではない。
(3)こういう経緯からも公人、私人にかかわらずに疑惑関与者から事情を聞くしかないが、ここで問題にするのは公人、私人の定義区分けだ。
実は開会中の熊本市議会で女性母親市議が生後7か月の長男を抱いて議席についた。同市議会では議員、職員以外は議場に入ることができないと定められており(報道)、同市議はこれに同意せずに説得まで40分経過(同)して開会が遅れた。
同市議は「子育て中の女性も活躍できる市議会であってほしかった」(同)と述べているが、同市議が事前に協議することなく「実力行使」で訴える手法は議場の混乱を招くだけだ。
(4)市議は市民の負託を受けた職域、職業としての「公人」であり、母親としての子育ては市民生活個人として共通の「私人」の立場だ。
市民全体の利益、権利、義務について討議、決定する議場に私人として生活行動を持ち込む「公私」混同行為だ。
生後まもない育児問題と議員活動の共存、両立にはむずかしい問題があったのだろうが(本人は子育ての女性も活躍できる市議会を主張)、だからといって市民公益の討議の議場に私的生活問題を持ち込んではまともな討議はできない。
(5)熊本市議会は子育てが大変なことを理解して「子連れでも議会に参加できる仕組みを考えたい」(報道)と議論する考えを示しているが、そんなことができるのか、そんなことで議会の責任が果たせるのか、お手並み拝見だが考えものだ。
世間では働く母親の子育て問題で保育所不足、待機児童問題が社会話題になっている。それを解決するのが議員だ。