このコロナ禍、やはり武漢ウイルス研究所から漏洩したの話がまた再燃しています。北京大学の教授がコロナウイルで中国はアメリカに勝ったなんて言ってますし。
中国経済は世界に対し富を与えるケースもあるが、禍になるケースもある。私は多少富を減らしてでも禍を防ぐ方が断然良いと考えていますが、親中派や中国に進出したり、中国から融資を受けている企業やマスコミは中国の味方に付いている。
いずれ決着の日は来ると思いますが、それが核戦争に繋がる可能性も十分ある。中国は他国を奪わなければ成立しない国。愛国正義で世界征服は絶対に諦めない。戦争は避けられないと私は思っています。
さて、人は誰しも少なからず禍を持っています。善人でも悪人でも、相性が良く信頼出来る人でもです。
これから話す事は私の家系に生じた禍の連鎖の一部となります。
私は禍を察知しても私の話を聞く肉親はいない。そして私の思慮した通りの禍が起こる。この悔しさ。禍を避けるのは難しい。
自分は避ける事が出来ても、近くに引き寄せてしまう者がいれば避けられない。残念ながら。
そんな話をする私が禍を持ってくる可能性もありますが、こればっかりはどうしようもない。これが人殺しの家系なのかなぁーと思ったりもします。
さて、私の家が仙台に引越ししたのは新聞販売店を営んでいたせいです。何で新聞販売業なんてしていたのか。
それは父親の兄が新聞販売店を経営していて、自衛隊員だった父親に「商売しないか」と声をかけた。それで新聞販売店の経営に乗り出した。
そして炭鉱町で営業していたが、暫くして炭鉱が閉山。町から人が去って行き、仙台行きを決意しました。
この仙台行きが多くの不幸をもたらします。
先ず、私の母方の従兄が仕事を手伝ってくれたのですが、踏み切りでバイクで転倒し、肩の骨を折る大怪我をした。この従兄の父親は炭鉱での事故で命を失っていますが、名前に死を暗示する意味合いがあります。命が助かって良かったです。
次に新聞販売店をしている父の兄の長男が、仙台の測量専門学校に入学。私の家を手伝いながら通学。1年で卒業するところ、成績不良で2年かかった。
そして仙台の建設会社に就職。10ヶ月目で事故死。測量士なのにクレーン車で作業していて亡くなりました。免許も持っていないのに。
辛かったです。父の兄も新聞配達をし終えてから仙台に向かって葬儀をした。息子が死んだのに仕事を休めない。本当に新聞販売業は理不尽な商売だと思います。
続く。