諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

織田信長、豊臣秀吉、明智光秀の首が残っているとしたら、日光東照宮にあると思える。その2

2023年12月06日 19時34分38秒 | 永井直勝
続きです。ここでチョット話を変えます。

私のブログを読んでくださっている奇特な皆さんは、名軍師と言えば誰を思い出すでしょうか。

世界規模だったら断トツで諸葛亮孔明でしょう。でもヤツは無謀な戦ばかり仕掛けて蜀を疲弊させただけだった。私に言わせれば孔明は駄目な軍師です。

孔明死後、30年間蜀は続きましたが、蜀を支えたのは愚帝とされた劉備玄徳の子・劉禅です。

魏と蜀の国力の差はどうしようもないです。孔明は無謀です。

しかし劉禅は蜀を魏に奪われながらも命を長らえた。それは愚帝を演じきったからです。愚帝だから殺さなくても影響ないと危険視されなかった。これは軍師としたら相当な実力だと私は思います。

日本に目を向けますと大河ドラマにもなった黒田勘兵衛でしょうか。

でも彼は自分の頭の良さをひけらかすバカだった。次の天下人は勘兵衛だと主君の豊臣秀吉から警戒され、領地は九州に与えられた。軍師としては劣等です。

秀吉のもう一人の軍師・竹中半兵衛はどうか。

彼は信長には付かず秀吉の軍師になった。秀吉に忠節を貫いた。その点は名軍師と言えますが、35歳で十分な働きを見せずに亡くなった。

長生きするのも名軍師としての力量だと私は思っているので、竹中半兵衛も軍師としてはいま一歩だと言えます。

もう一人、大河ドラマにもなった武田信玄の軍師・山本勘助はどうか。

もう何も言う事ありません。上杉謙信にキツツキ作戦を見破られて、信玄の弟の信繁は討たれるし、本人も討たれたので軍師としては当然、劣等だと言えます。

石田三成の軍師・島左近はどうか。

三成は4万石の石高の時に2万石で島左近を軍師として迎えました。

私は石田三成は清廉過ぎたと思います。魚は奇麗過ぎる水には住めない。それを島左近は三成に教えるべきだった。関ケ原の戦いで負けたのだから島左近も劣等と判断します。

今川義元の軍師??と言える太原雪斎はどうか。

雪斎は徳川家康を自分の後継者。今川家の軍師に育て上げようとしていた節が見えます。しかし、家康は今川家を見限った。家康の心情を見誤った。家康は敵の信長に付いた。その点を考えれば、今川家の軍師としては雪斎も劣等だと言えます。

もっとも家康の力量を見抜いていて天下を統一するのは家康だと判断していたのなら優れた軍師だと言えますが、主君を差し置いて家康を教育したのですから、やっぱり今川家の軍師としては駄目ですね。

徳川家で軍師と言えば本多正信でしよう。

三河一向一揆で家康と敵対したことがありましたが、罪を許されて軍師??として迎えられた。その力量は軍師トップクラスと言って良い。

しかし、本多家は家康、正信亡き後改易となった。徳川秀忠に疎まれたこともあるが、本多正純は軍師としては石高が高過ぎて他の武将から妬まれた。そしてあらぬ疑いをかけられた。

本多正信は軍師の知行は低い方が良いとかねがね語っていたが、正純の宇都宮15万石は貰い過ぎだと思う。その事を正信は正純に強く言い含めるべきだった。

っと言う事で子供の代で改易になったのは、正信の思慮不足は否めないので軍師としては劣等となります。

上杉景勝の軍師・直江兼続はどうか。

私、上杉家は清過ぎて駄目だと思うのです。人間は悪の部分が無くては生きて行けませんので。

上杉謙信などは軍師はいなかったと思えますが、自分を毘沙門天の化身と豪語している馬鹿です。武将は正しくない事でも生き延びる為にやらなければならない。

直江兼続も家康の罠にはまり直江状を書いて悦に入っていたと思いますが、家康は大喜びだったでしょう。まんまと罠にかかったので。

そして敗戦。上杉家を傾かせた大罪を犯したと言えます。勿論、軍師としては劣等です。

そして最後に真田信繁。自分の意地、そして亡き父・昌行の名誉の為に負けると分かって大阪方に付いた。

それでなくても兄・真田信之に多大な迷惑をかけているのにです。劣等と言わずに何といえば良いのでしょう。

こんな事を言うとたま真田信繁ファンの歴女に怒られそうですが、信繁の血を受け付いている方を存じ上げていて、その方も信繁を非難しています。

目の前に信繁が居たら、「何で子孫の事をもっと考えなかったのか。自分勝手過ぎるぞ、馬鹿野郎」と罵倒してやりたいですね。


続く。








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