諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

瀬織津姫にからむ利権。 その1

2014年06月11日 08時03分25秒 | 瀬織津姫

今回のお題、トラブルを生みそうです。何度か書こうと思ったのですが、どうしたもんかなぁーと思っていたんです。

何と言いますか瀬織津姫の派閥??の様なものが存在しており、瀬織津姫について語るとクレームを付けてくる人がいたんです。「おらほの瀬織津姫を勝手に語るんじゃねぇー」的に。

その方は自分では瀬織津姫について勝手に語っているのですが、他の人が語ると許せないみたいなんです。

私も屁理屈では定評が有り、その件をコメントで何度か戦わせましたが、彼の必死さといったら尋常じゃなかったです。ちょっと危険だなぁーと思いました。

その時の経緯を書こう書こうと思っていたのですが、自分のブログで一方的に非難するのも後ろめたい。でも神を自分の所有物のように語るのは、神道に外れる行為です。ちょっと警鐘を鳴らしておくべきだと思いました。

タダの人間が自分の思想で神を語り(私も同様かも・・・)、自分の考えに反する者を露骨に攻撃する。この考えは昔から宗教戦争の原因となっています。大変危険なのです。

神の知識から自分の信者を増やし権力の行使する。自分に靡かない者は攻撃する。これには断固異議を唱えたい。唱えなければいけないと思いました。

っと言う事で、その時の経緯を意を決して書かせて頂きます。


さて、私はこのブロクを書く前、多くの方のブログを読んで来ました。自分の宗教観の構築のために。知る喜びを得る為に。

そしてコメントを書いてきました。ブログを読ませていただいたお礼と、情報のお裾分けの為に。

この情報のお裾分けですが、喜んで交流を深めてくれるブログ主も大勢いるのですが、中には攻撃してくるブログ主もいます。

私、この感覚、最初は全然分かりませんでした。何故怒るのか。失礼なことを言ってしまったのだろうかと。

私は國學院大學の教授や神職、或いは住職の方とお話する機会に恵まれていましたが、彼らだって知らないことは沢山あります。そんなの当たり前です。コンビューターじゃないんですから。

人間のキャパシティーには限界があります。自分の産まれてき土地、読んできた本、知り合った人によって思想も心理も変わります。知識だって差は生じる筈です。それが当たり前。恥ずべきことはないですし、自分の考えに疑問を持ったら変えるべきです。それだけの事だと私は思っていました。

でも、自分が知らない事を語ると怒り出す方かいるとは思いませんでした。世の中分からない事だらけです。私なんか何にも分かりません。分からないから損ばっかりしています。最近なんか水漏れの対応策を知らずに大損しちゃいましたし・・・・・・(大泣き)。

まっ、それは兎も角(全然兎も角じゃないけど・・・・)、自分の知らない話を聞いて怒り出す人の心理に興味を覚えました。

そして答えを出しました。自分の知らない知識を持つ人間を、自分の特権を脅かす存在と認識するのだと・・・・・。

世界には多くの宗教があります。そしてその宗教にはそれぞれ宗派があります。同じ神を祀っているのに、その神に対する考え方の相違で宗派が発生したと言えます。つまり宗派は人間が起こしたものです。人間が宗教で権力を得る為です。

考え方は人それぞれです。そんなの当たり前です。人間には個性があり、それぞれ思考が違う訳です。差異があって当然だと思います。

しかし、それが許せない。自分が正しい。自分と違う考えは排除する。攻撃する。自分は神にもっとも近い人間。自分の主張は神の主張。自分は神の巫女であり、神の代弁者。皆は私を信じ、信仰しなさい・・・っと主張するが如くの方が、自分の知らない知識、違う考えに恐怖し、怒るのだと考えます。正直、馬鹿げていると思います。


つづく。

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香椎由宇さんへの違和感。そして神功皇后。

2014年06月08日 00時02分01秒 | 神道
今回のお題ですが、女優・香椎由宇さんへの誹謗・中傷とは全く違います。むしろ逆です。それに神道のカゴテリーで書いていますんで、ちゃんと落しどころを用意してございます。まっ、お暇なら読んでやってください。

さて女優の香椎由宇さんですが、ご存知でしょうか。

年齢は現在27歳。大変残念ながら仮面ライダークウガのオダギリジョー(あえて呼び捨て)と結婚してしまってます。子供も二人います。大変美しい女性です。

私、最初に彼女をテレビで見たとき、何故かフリーズしてしまいました。何か違和感を感じて。「蛇に睨まれた蛙」状態と申しましょうか、「この人、人間なのか。人間ではないんじゃないか」と感じてしまったんです。。

彼女は日本の芸能界でも特に美しい方だと思います。一番といっても言い過ぎではないでしょう。ホント綺麗です。

でも人としての美しさとは違う感じがしました。何か「好きだァー、愛してるぅー、オダギリジョーと離婚したら俺と結婚してくれぇー、お願いしまぁーす」と言う感情が起きないと申しましょうか(ちょっとはありますけど)、説明は出来ませんが、変な感じなんですよねぇー。

また、彼女がステーキを食べているシーンを見ました。殆ど生肉状態のステーキです。

本来、ステーキの焼き方は五段階ありまして、レアの上にブルーと言う生肉をチョットしか焼かないステーキがあるのですが、その状態のステーキを食べていました。まるで生贄を食べる神蛇の様に。

そして「慣れてますから、全然怖くないんです」といいなから結構な大きさの蛇(外国産)を両手で掴みましてニンマリしています。まるで眷属(蛇)を愛おしむ女神の様に。

私、思いました。「そうだ、女神だ。女神に似ているのだ」と。

っと言っても私、女神なんて見た事なんてありません。見たのは女神像や人形の類です。

そう言えば彼女、青森県八戸に鎮座する三島神社のホームページに乗っている宗像三女神の人形にも似ている。

いやいや、昔の日本の紙幣に描かれている神功皇后の方がピンときます(書いた人も神功皇后を見てないでしょうけど・・・)。チョット怖さも感じますし。

お子さんもお二人居るのであれば、尚更神功皇后のイメージにピッタリではないかと思いましたね。

でも、何で彼女にこんな感情を覚えたのでしょう。
「何か違う、何か違う」と思いながら香椎由宇さんの経歴をネットで調べました。
結果、分かりました。彼女に感じた違和感の理由が・・・・・。

彼女、何と100万人に1人と言われる左右対称人間でした。つまり人体を正確に縦に割って左右対称と言う事です。

普通の人は体を縦に半分に割り、右と右、左と左くっつけた場合、違う顔になります。彼女は左右対称の体だから右右、左左でも同じという事です。歯並びから何から全て一緒だそうです。

海外の研究機関から「死んだら検体になって欲しい」と依頼が来ている。それくらい珍しい。だから違和感を感じたのだと思いました。

左右対称の人間が100万人に1人なら、日本に120人位いる計算です。私は今までそんな人見たことないです。

考えてみたら仏像や観音像も左右対称ですよね。だから畏怖に近い感情を覚えたのでしょう。神仏像と同じ様に。

更に香椎と言う姓にも興味を覚えますね。香椎と言えば福岡県の香椎宮(主祭神・仲哀天皇、神功皇后、配神・住吉大神、応神天皇)。やっぱり神功皇后が祀られています。

ここでチョット疑問です。香椎宮に神功皇后の夫である仲哀天皇も主祭神として祀られている点です。全国の八幡神社には仲哀天皇は祀られていません。何故に仲哀天皇も一緒に祀られているのでしょうか。

うーん、これは一体何を意味しているのでしょう。私には仲哀天皇が香椎宮に祀られている他の神々の生贄、もしくは仲哀天皇の暴走を止めるがために祀られている様に見えるのですが・・・・・。

そんな事、何となく考えていたら、またまたブルーステーキを食べる香椎由宇さんの姿が浮かんでししまいました。恐縮ですけど・・・・・。

まぁ、そういう怖い事は考えない方がいいですね。祟を受けるかも知れないし・・・・。
そう言えば、神功皇后がモデルの菩薩像も存在します。その名も「香椎聖母大菩薩」です。

うーん、ここまで来ると香椎由宇さんのお顔って実際に存在するのであれば、神功皇后と似ているのではないかと感じます。

香椎姓だけに家系を遡ると何らかの繋がりがあると思えるのですが、何かタブーに触る感じがして怖いです。これ以上は触れないでおきましょう。


ではでは。






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鬼渡神社と呼ばれていた永井神社。【訂正編】 その8

2014年06月07日 00時01分17秒 | 神道
今回のお題、最後の続きです。

これまで長々と鬼渡神社と呼ばれていた永井神社に付いて書いてきましたが、「永井」と住吉三神との関連はあるのだろうか。

「永井」は地名。地名と祀り神は関係ないだろうと誰もが思うでしょうが、鬼渡神との因縁はこれまでも度々感じていました。何か有るはずだと思います。絶対。

さて「永井」と言えば、この「いわき市三和町永井」には「三匹獅子舞」と言う独自の獅子舞が伝わっています。この地の氏神である「御塚神社」にです。

三和町には四座の御塚神社が鎮座してますが、私はこの中の一社の祀り神であり通称・弁天様と呼ばれる「湯津佐姫」に興味を持っているのですが、これら四座の御塚神社、女人禁制・土足厳禁を今でも守っています。破った場合、祟が生じます。最近も祟が発生してます。極論、「語るなかれ、聞くなかれ」の神です。そう言う訳で語りませんけど、瀬織津姫も本来はそのような神だと考えています。

話はそれちゃいましたが、「永井」在るところ「三匹獅子舞」在りなんです。この地の他に、あの有名??な「永井平九郎」を祀る秘湯の地・福島県天栄村の「御鍋神社」近辺にも三匹獅子舞が伝わっていますし、福島県大沼郡会津美里町永井野にも伝わっています。何故ざんしょ。

この三匹獅子舞の獅子の面ですが色は黒です。鹿の角が生えてます。衣装も黒。全ての三匹獅子舞共通です。

どうもこの三匹獅子舞、平家特有の獅子舞のようです。そして獅子舞というより黒龍の舞なのでは。

顔は潰れてはいますが、龍のようにも見えます。私、獅子舞について全然詳しくないのですが、獅子に鹿の角が生えているのは妙です(妙なのかどうかも知りませんが・・・・)。これは黒龍だと思います。

黒龍は瀬織津姫や宗像三女神であると言う話を聞いたことがあり、早速ネットで調べたのですが、自称・霊能者様達の発言ばかりが目立ちます。本当かどうか、はっきり言ってワケワカメです。

私は自称・霊能者様達の前向きな発言よりも、神社に伝わる伝承を重視する後ろ向きな人間です。それらは鵜呑みにはできません。

では、どうしたら・・・・・。

しょうがないから黒龍に神社をつけて検索してみました。出てきました、数社の黒龍神社が。

何故か福井県に多いようですが、黒龍神社はどこも貴船神、つまりタカオカミ神・クラオカミ神を祀っている様です。「貴船神=瀬織津姫」とは断言できないかも知れませんが、貴船神に繋がる「橋姫」は瀬織津姫とされていますから、黒龍も瀬織津姫を示すかも知れないですね。

まっ、それは兎も角、坂上田村麻呂は鬼渡神を祀っている。立烏帽子や鈴鹿御前の物語から瀬織津姫とも関連がある。そして何より鬼渡系の神社に瀬織津姫を祀っている社もある。そして黒龍である貴船神。何か「永井」の名に関わりがあるんでしょうか。うーん、分かりませんわね。

あっ、話は大きく脱線しました。住吉三神と永井の関連でしたね。

実は私、「大江流の永井氏」となります。大江は「大きな入江」を意味します。つまり大きな住吉と言う事です。これは大江姓は住吉三神から名を取ったのかも知れないですね。

そして永井氏の家紋は「一に三ツ星」。つまり「一にオリオンの三ツ星」です。同じ大江流の毛利氏と同じ家紋です。毛利氏は水軍で有名ですが、大江氏も入江を意味しているので海人と言えます。

故に航海を続けてきた歴史があり、住吉三神を信仰していたから大江氏。そして住吉三神を示す「一にオリオン三ツ星」なのかも。

永井氏の親戚筋に当たる渡辺氏は「オリオン三ツ星に一」の家紋です。多分、「一の字」は水平線を示していると思います。

つまり渡辺氏の家紋は「水平線の上空に輝くオリオン三ツ星」。永井氏の家紋は「水平線の下のオリオン三ツ星」。つまり海中の住吉三神を表していると思います。

えー、長々と書いてまいりましたが、坂上田村麻呂が永井神社を建立したと伝わっている訳で、永井氏が鬼渡神と直接関わっていたかどうかは不明です。田村麻呂の時代に永井姓があったかどうかも不明ですし。

しかし田村麻呂のバックには桓武天皇がいます。そして大江流の永井氏は桓武天皇の血筋です。

もしかしてここら辺が鍵なのではと考えたりしてますが、もう、どうにもこうにもシドロモドロ状態に陥ってます。

今回のお題は、この辺でお開きと言う事で。


ではでは。



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鬼渡神社と呼ばれていた永井神社。【訂正編】 その7

2014年06月06日 00時07分30秒 | 神道
さて続きます。

住吉三神と須佐之男命との関連。それが鬼渡神にどう繋がるのか。あー難しそう。

先ずは須佐之男は本来、イザナギ命に「海を治めろ」と言われているんです。だけど須佐之男命は大泣きして「お母さん(イザナミ命)のいる根の国に行きたい」とオオタダを捏ねる訳です。これは何を意味するんでしょ。

須佐之男命は「元々は海神だったが、海神にはならず黄泉の国を治めた」、「海神でもあり黄泉の国の神でもある」、「イザナギ命に怒られ、海神にも黄泉の国の神にも成れなかった」。この三つの説のどれかでしょうかね。

まぁ大変苦しいですけど、須佐之男命は海神に成る筈だったのは確かです。ここが住吉三神との接点ではあります。

そして忘れてならないことは住吉三神の次に三貴子、つまり天照大神・月読命・須佐之男命が産まれている事です。

つまり住吉三神と須佐之男命は兄弟です。でも同じイザナギ命の禊ぎで産まれたのに、三貴子は祓戸大神から除外されている。これはどう言う事でしょ。

天照大神と月読命はイザナギ命の左右の目から産まれています。そして須佐之男命は鼻から。

禊ぎは「身削ぎ」、「身殺ぎ」。そして「巳削ぎ」。つまり蛇の脱皮がルーツだと私は考えます。何故なら蛇の脱皮は顔の皮が剥がれるのが一番後になりますし、一番困難だからです。つまり三貴子は一番困難な禊から産まれたと言えます。

これから更に凄いことが展開できるのですが、流石に小さな小さな永井神社から広がり過ぎてしまうので、今回、この件はこの辺にしときます。またお題を「本来の三貴子(仮題)」と改めて書きたいと思います。

とりあえず住吉三神と須佐之男命は繋がりました。説明は不十分でしょうけど。暫しの宿題とさせてください。

そして次は須佐之男命と鬼渡神との関連です。

でもいい加減今回のお題、長くなりすぎてますね。この説明も大変長くなりそうなんて、これもお題を替えて詳しく書くつもりですが、一言で言うと鬼渡神も須佐之男命も疱瘡神であります。これは間違いないです。これも詳しくは宿題と言う事で。

次に鬼渡神社と呼ばれていた永井神社を建立したのが、坂上田村麻呂である件です。これは以前「坂上田村麻呂の夢枕に立った鬼渡神」で書きましたね。

蝦夷討伐の主なる目的は金の採取であり、その金を軍事費に回して蝦夷を討伐した。そして金の採取を地主神に感謝し、採取地で祀ったら鬼渡神が田村麻呂の夢枕に立ったという話です。

鬼渡神社だった永井神社を建立した訳だから、田村麻呂は鬼渡神を信仰していた。それは祟を防ぐ裏返しの信仰と言えますが、それが本来の神道です。自然な形だと思います。

それにしても「いわき市三和町永井」で金が採取されていたのでしょうか。いわき市と言えば炭鉱の町です。石炭は多くですのですが、金鉱山があった話は聞きません。どうなってるんでしょ。この点も分からず。

でも福島県には坂上田村麻呂から名を取った田村郡が存在します。田村麻呂と縁が深いのです。故に鬼渡系の神社が集中していると言えます。

この秘密は全国でも香川県と並んで何故か福島県に集中する塩竈神社が鍵を握っていると考えているのですが、この件も宿題でお願いします。

長くなりすぎましたので・・・・・。


続く。





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鬼渡神社と呼ばれていた永井神社。【訂正編】 その6

2014年06月03日 21時27分08秒 | 神道
続きます。

あっ、そうそう、言い忘れていました。宗像三女神も瀬織津姫と関連があります。

言うまでもないですが、宗像三女神の市杵嶋姫は弁才天だとされてます。そして「弁才天=瀬織津姫」。当然そうなります。

更に私は、同じ宗像三女神である多紀理姫も多岐都姫も瀬織津姫だと思っています。だって多紀理姫も多岐津姫も「瀧」を意味する名前ですから。

現に日本の多くの瀧に多紀理姫・多岐都姫が祀られています。例えば私の故郷・福島県天栄村の明神瀧と言う二股の瀧がありますが、瀧に向かって左側の岩に田心姫(多紀理姫)が祀られてます。

これは何れ明神瀧に絞って記事を書く予定ですが、二股の瀧は瀬織津姫を祀っているケースが多いんです。

この明神瀧も表向きの書??には田心姫を祀ると書いてありますが、神社庁の出版物等の専門的な書や古文書には、瀬織津姫が祀られていると記載されています。つまり瀬織津姫と田心姫は同神と考えても不自然ではないです。

もっとも断言は出来ません。ホツマツタエでは瀬織津姫は男版天照大神の正室で、田心姫・多岐都姫は側室として描かれていますから。

もっともホツマツタエを持ち出してしまうと、何が何だかワケワカメになっちゃいますけど・・・・。

話を宗像三女神に戻します。

またまたですが、何故同神なのに三女神に分ける必要があるのか。もちろん、オリオン三ツ星に合わせて三女神に分けている可能性があると思います。

でもそれだけの理由なのかなぁー。真実は案外単純なものです。

これは私、もしかしたらと思っているのですが、「小林旭」の「昔の名前で出でています」じゃないですが、時代や場所によって「♪明神瀧にいるときゃ~ 田心姫と呼ばれたの~ ♫三居澤瀧では瀬織津姫と名乗ったのぉ~」って事もあるかも知れないですね(ある訳ないか)。まっ、分かりませんわね。

もうこれ以上は私の知識では住吉三神から膨らませることは出来ません。次は摂社・末社に稲荷神社と八坂神社が何故あるかです。

稲荷神社に付いては話がとんでもなく長くなりそうなので今回、詳細はスルーします。一言だけ言うならは「瀬織津姫=宇賀神」だと私は思っています。

問題はスサノオ命を祀る八坂神社です。これは困りましたね。

永井神社の主祭神が会津の鬼渡神社に多く祀られている「阿須波神・波比岐神」であるならば、ある程度説明は付きます。怨霊である「阿須波神・波比岐神」を乱暴者(神)のスサノオ命が抑え、暴走を防いでいると私は考えます。

「阿須波神・波比岐神」の源流は出雲の本来の神であり、朝鮮より襲来したスサノオ命に征服されたと私は考えていますので。

勿論、近隣にあった八坂神社を末社に加えた可能性もあります。でも、そうだとしたら八坂神社のスサノオ命が主祭神になってもおかしく無い。

でも永井神社の社には、祀り神の記述はなかったのです。末社の八坂神社にはちゃんとスサノオ命として祀っているのにです。

そして今回、神社庁が新たに出版した書で永井神社の主祭神が住吉三神である事を知った。住吉鬼渡明神と呼ばれていたそうですから、永井神社の主祭神は住吉三神で間違いない。

では住吉三神とスサノオ命の関連は何か・・・・・・・・。


続く。



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