諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

薬屋で警察に捕まった場面??を再現している夢。

2017年04月06日 00時01分21秒 | 昨日見た夢、いつか見た夢。

変な夢を見た。インフルエンザで鼻が詰まっていてCPAPが機能せず、空気漏れしていたからだと思う。

夢の内容はこうだ。

私は刑務所帰り。私が捕まった場面を誰かに説明している。

あるメンバー達と一室でセミナーをした帰り、薬屋に寄った。その薬屋でメンバー達は大騒ぎ。私の名前を大声で連呼する。私に薬の説明を求める。私は早く帰りたいのに。

そこで気が付いた。私は指名手配されている。自分の名前を連呼されるのは不味い。早く逃げないと。そう思っていたところ警察がやって来て私は逮捕。運の悪さは自覚していて、こんなもんだな私の人生はと思いながら捕まった。

その捕まるまでの場面を薬屋で誰かに再現していた。何だこの夢。

実は昨日で風邪薬が切れた。買いに行くかなと思っていた。だから薬屋での夢を見たのか。

夢占いで「薬屋」を調べてみたら、欠点や認めたくない事に対し嫌悪感を持っている。改善しなければならないと思っているだそうです。これ、当っています。

警察に捕まる夢は、今はストレスで辛く抑制された生活をしているが、改善する吉夢との事。また刑務所から出てくる夢も同じ意味の吉夢だそうです。これは良いですね。

名前を呼ばれる夢は、誰かに自分の力を必要とされているそうです。自分らしさを大切にすれば運が開けるとか。しかし、乱暴に怒鳴られる様に名前を呼ばれると、人間関係のトラブルに巻き込まれるそうです。

私の場合、応援されるようにシュプレヒコールの様に呼ばれていたから大丈夫か。でもそれで捕まる、不味いと思った。そして捕まった。うーん、どうなのだろ。まっ、トータル的には吉夢だと思う事にしよう。

それにしても夢から覚めた時、大汗をかいていた。寒くてダンガリーシャツとフリースのトレーナーを着て寝ていたが、シャッがびしょびしょ。

汗をかくと風邪が治りかけているらしいからチョット安心。

それでシャツを脱いで下着だけで寝た。そして起きたら喉の痛みが酷い。咳も酷い。熱もまだある。背中も痛い。まだまだインフルエンザは手強かったと言う事か。油断した。

しょうがない。薬を買って来よう。今年のインフルエンザは辛いわ。

それにしても何時もながら変な夢見るもんだ。

 

ではでは。

 

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またインフルエンザになってしまった。

2017年04月05日 08時42分10秒 | 出来事

4月1日の夜から具合が悪かった。

4月2日の夜、寝ていて寒気で起きた。変な話、体は熱いのだが物凄く寒い。体温を測ったら38.3度。その位あるだろうな。そして風邪薬を飲んでまた寝た。

深夜、また起きた。熱い。熱くて眠れない。何だこの熱さは。

体温を測ったら何と41.4度。えっー、何だこの体温。ありえないだろ。こんな高熱初めてだ。死ぬんじゃないか。どうすっぺ。

飲んでいる薬は「新感冒薬エースS錠」。ジェネリックの安いヤツだが今まではボチボチ効いていた。でも今回は全然効かない。前回インフルエンザに罹った時よりも効果が無い。困った。

そこで思い出した。このブログにコメントいただいている「あまね♪♪♪」さんのお言葉を。水だ。水でインフルエンザのウイルスを流してやればいいのだ。

どうして水がインフルエンザに効くのが調べてみました。水を飲んでインフルエンザのウイルスを胃に流す。ウイルスは胃酸で死滅する。なるほど。よぉーし、よぉーし、飲むぞ水を。

水を飲んでまた寝た。トイレに起きた。また水を飲んで寝た。またトイレに起きた。また水を飲んで寝た。4月3日はこの繰り返し。何も出来なかった。

4月4日朝。体温はまだ38.5度。もっと飲んでやる。とことん水を飲んでやる。水攻めだ。

そして午後0時。体温はジャスト37度。ハァー、ここまでくれば大丈夫だ。前回のインフルエンザは2週間くらい続いたが、今回は短くすみそう。まだ体の節々や腰、喉が痛いけど。

今回のインフルエンザも親父がゲロゲロ言ってたから、親父から移ったと思う。親父も母親も頭痛・発熱にはならない。私が何時も酷くなる。これも相性なのだろうな。

でも私には水がある。水さえあればインフルエンザも怖くない。水で流しきってやる。

 

ではでは。

 

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「ぺヤング焼きそば ギリ・チョコレート」を食べてみた。

2017年04月04日 10時05分31秒 | アイテム

場所はドンキホーテ。お買い得コーナー前に立つ私。不思議なカップ焼きそばを発見し立ち止まった。

私は「カップ焼きそば」なんて滅多に食べないが、その不思議な「カップ焼きそば」は68円。安い。板チョコの写真のパッケージ。斬新。何か美味しそう。私は甘党、気になる。

その商品の名は「ぺヤング焼きそば ギリ・チョコレート」。あのゴキブリが入ってて一時期生産を中止していたぺヤングの商品。ぺヤングなら信用出来る。

あのゴキブリ騒動で徹底的に対応したぺヤングは名を上げた。日本のメーカーはこうでなくてはイカン。その意気を汲んで買ってやろうではないか。

よし、二つ買おう。いやいや、一つでいいか。チョコレートの「カップ焼きそば」の実力が判らん。一つ食べてみて旨かったら次の日買占めにこよう。そうしよう。

そして家に付いて早速お湯を入れる。茶色いチョコソースなので中身は通常の「ぺヤング・ソース焼きそば」とそんなに変わらん。

これは通常のソースにエッセンス的にチョコレートを入れただけ。風味がチョコレートでそんなに通常のソース焼きそばと変わらないのではないか。その方が美味しいと思う。そうだ、そうに違いない。

そして一口。ブッ・・・・・・・ゲロ不味い。不味いにも程がある。何だこの味は。まんまチョコレートじゃないか。麺とチョコは合わない。何でこんなの作ったんだよ。これは誰が喰っても不味いと思う筈。出すかなぁーこんなの。

「ギリ・チョコレート」と書いてあるのは、バレンタインデーに合わせての商品なのだろうけど、こんなの出してはイカンぜよ。何考えているんだよ、ぺヤングは。

担当者がOKを出して販売したのだから、担当者は旨いし売れると思って出したのかな。ちゃんとマーケティングしているのか。どうしてこの味で出すかなぁー。

でも「はい、義理チョコ」っと若い女の子からこの商品を渡され、「何時までたっても義理ですな・・・」と思いながらこんなの食べたら、「ここまで馬鹿にするのか」と惨めさでいっぱいになっちゃう。「そんな仕打ちするかよ」と思っちゃいますよ、私は。

否、ストーカーみたいにしつこい男にこの不味いチョコ焼きそばを渡せば、諦めて去って行くかも。その効果を狙って出したのかも。

否、そんな訳ないな。

ゴキブリ騒動での対応で消費者に褒められたもんだから、調子に乗ってしまったのか。乗ったな、ぺヤング。酷いぞ、これは。

ウケを狙ったのかも知れんけど、食べ物でこんなお遊びはしてはいけない。貧しくて腹を空かしている者もいるのだから。これは食品メーカーとしてのモラルを疑う。食品メーカーとして失格だと思う。やってはいけない。

勿体無いけど捨てます。もうぺヤング、嫌い。こんなふざけた商品は出しては駄目だ。ホント、裏切られた気分だ。これだったら30円でも高い。10円でも買わなかったぞ。失敗した。

考えてみれば10年以上ぺヤングの商品は買っていなかったが、少なくても今年はもう買いません。罰だ。

ぺヤングよ、反省しろ。

 

ではでは。

 

 

 

 

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御鍋を背負う者。アンバサマと永井平九郎。その7

2017年04月03日 11時50分27秒 | 永井平九郎

そろそろ終わりたいと思いながら続きます。

永井平九郎と常陸坊海尊の共通点は、出身が同じ可能性がある点です。そして平九郎は平将門、海尊は源義経に従っていた。どちらも敗者の家臣である。

そして平九郎は大鍋を背負っている程の力がある。将門公を諌めた程の実力がある。息子の可能性もある。将門公の勢力を盛り返す事が出来る人物である。警戒されると思います。

海尊は修験者。法力を持っている。弁慶に次ぐ強さ。ニンカン食べて不老不死になった。追う者としても強敵です。

現在も英雄の神格化が見られますが、永井平九郎も常陸坊海尊も強者。島の坊も強い。その者たちを殺した事に恐れを感じる。祟られると考える。

平将門公の祟りもその一つ。罪の無い??正統な主張をする者を殺す後ろめたさが罪悪感となり、祟りを恐れて祀らずにはおえなくなる。

特に坊主と修験者を殺すのは不味い。戦国時代、出家していた池田恒興を討った永井直勝は、坊主を殺した事に恐怖した。自分の屋敷の敷地に池田神社を建立し、恒興の頭を御神体にして祀った。それだけ仏教を敵に回すのは怖い。その思いが島の坊、永井平九郎、常陸坊海尊への信仰が生まれた様に思えます。

気になるのは茨城県の阿波の地名に「乗濱」、「安婆之島」がある事「能理波麻乃村」と呼ばれていた事。

「能理波麻」とは「海苔の浜」の意味。そして常陸坊海尊は宮城県の青麻神社に祀られている。どちらも眷属として祀っていると思われる。海苔と麻は何か接点があるのか。どちらも当時は貴重なものだから信仰が生まれた。どちらも植物。植物の神の眷属として常陸坊海尊を祀ったのでしょうか。これは難しいですね。

そして茨城の阿波の地は「建借間命」によって地元の国栖は殺され侵略された。

私は「タテカシマ様」の藁人形を見た事があるが、武将の鎧を来て、立派な男性器を出した姿です。つまりタテカシマ様は道祖神。猿田比古命。私は鹿島の地主神は阿須波神と考えていますが、鹿島の本来の神は猿田比子命の流れである事は間違いないと思います。

大杉神社の主祭神は大物主となってますが、「大物主=猿田比子命」は十分考えられると思いますね。

神道の神々は罪を犯す存在です。それは人々の代わりに罪を犯し罰を受ける。それが神道の信仰と言えます。

島の坊、常陸坊海尊、そして永井平九郎もその神々の眷属として迎えられた。その神々をカモフラージュの目的もあると思いますね。

それと茨城の阿波ですが、隣接する水戸市では那珂川が流れています。つまり四国の阿波同様、粟族と中族の土地。出雲神族の土地と考えます。

タテカシマ様は鹿島神・香取神である天津神の建御雷神、経津主と考えられますが、元々は日本の地主神である国津神を天津神に仕立て天孫族、天皇家の神に信仰しているものと考えます。

えっー以上です。最初のテーマとチョット路線が変わっちゃいましたが、また機会があれば考えを練りまくって書きたいと思います。

 

ではでは。

 

 

 

 

 

 

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御鍋を背負う者。アンバサマと永井平九郎。その6

2017年04月01日 17時55分31秒 | 永井平九郎

続きです。

大杉神社が鎮座する阿波は霞ヶ浦の西浦、利根川流域の低地に突き出た半島に鎮座しています。半島と言いますとアイヌ語で「イズ」。つまり伊豆は半島の意味。そして人の体では鼻を指します。

鼻と言いますと天狗。そして猿田彦命。常陸坊海尊も天狗とされているが、猿田彦命への信仰をカムフラージュする為に常陸坊海尊を出してきたのかも知れません。

大杉神社の創建は767年に勝道と言う僧が大杉を依り代として三輪明神を迎え、数々の奇跡で人々を救った事から始まり、「悪魔ばらえのアンバサマ」と呼ばれる様になった。特に疫病に効果があるみたいです。

大杉が御神体と考えられますが、実際は勝道が彫った「霊神不動尊」が御神体だそうです。そして高丸とされる悪路王の降伏を祈願してます。悪魔は蝦夷なんですかね。

ここで島の坊(とうせん坊)と常陸坊海尊を比べてみます。

常陸坊海尊は源義経に従い平泉へ逃亡。奥州藤原氏四代・藤原秦衡の裏切りにより義経や弁慶は討たれた。その時、海孫は10人程度の徒を連れて、どこぞの山寺に参拝に出かけていた。それだ助かった。

それが地元では不人気に繋がります。逃げたとか、裏切って敵に通報し自分だけは助かったとか、ボロボロの嫌われようです。

そして海尊は修験者。弁慶の弟分と伝えられているから、それなりに強いと思います。それに衣川の乱の後、ニンカンとか言う赤い羊羹みたいなものを食べて不老不死になった。

島の坊は一本歯の高下駄を履いていたから修験者の特徴がある。観音様に祈祷し超人的な力を得た。地元の人間ではない。嫌われていた。東尋坊まで逃げて行った等々。

どうも島の坊のモデルは常陸坊海尊の可能性は少なからずあると思えます。この二人は似ています。海尊は不老不死で死ななかったですが。

次に永井平九郎と比べます。永井平九郎は平将門公の家来、または息子。出身は千葉県の下総国、もしくは茨城県の常陸国と考えます。そして藤原秀郷、平貞盛の軍勢に追われ、桔梗姫と一緒に福島県の天栄村まで逃げて来た。

家来の永井平九郎は平将門公に対し諫言したと言われてます。平将門公の影武者は7人いたとされてますが、諫言する程の者であるなら、或る程度の実力者と考えられます。

平将門公の息子の場合でも鉄人とされる平将門公です。強い人物と思われたと考えます。

そして永井平九郎は御鍋神社側の平九郎谷に埋葬された。または端午の節句の時に炊飯の煙が敵に見つかり、一族は全滅したとも伝えられている。殺されいる。

そう考えると島の坊と永井平九郎は似ていますね。どちらも御鍋を背負っていますし。

 

続く。

 

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