人間風車といえばビル・ロビンソン。
ちなみにこの綽名は、ロビンソンの得意技であるダブルアーム・スープレックスに由来する。イギリス出身であり、蛇の穴と恐れられたビリー・ライリージムの出身である。投げ技から関節技、寝技までイギリスの伝統的なレスリングを叩きこまれた正統派のレスラーとして知られる。
また私の記憶では、日本で活躍した外国人レスラーで初めての善玉(ベビーフェイス)であった。猪木とのフルタイム戦っての引き分け試合や、ドリー・ファンクJrとのタイトルマッチなど名勝負も少なくない。
まさに正統派のプロレスラーといっていい存在なのだが、私の印象は良くない。
こいつ、日本をなめてないか。
子供の頃からそう思っていた。私が観た試合が地方のローカル試合ばかりだったせいもあるが、手抜きというか全力さを感じさせない戦い方が好きでなかった。もっといえば、カッコつけ屋であった。
とにかく自分が主役、自分が格好良く見えることに拘るレスラーであった。また抜群のテクニックを持っているのは確かなのだが、それを「この程度でいいだろう」と出し惜しむ感じがして、そこが嫌だった。
生粋のレスラーであるロビンソンが日本をなめたのも相応の理由があるのは分かる。力道山以来、どうしても角界出身のレスラーが多く、しっかりとしたレスリングの基礎を習得していた日本人レスラーは少なかった。
ロビンソンもそのあたりプロだから、相手に合わせてプロレスをしていたが、その不満が増長に見えてしまうのは頂けない。また外国人初の善玉レスラーということで、けっこう美味しい思いをしていたらしい。彼には日本人女性の熱烈なファンがいて、彼女らに自分の格好いい姿を見せることに執着していたと聞く。
プロレスって奴は、ジャズのアドリブ演奏にも似て相手との息が合った時は抜群のパフォーマンスをみせる。だが、一方の演奏が独りよがりだと、せっかくの名曲も台無しとなる。
ロビンソンは素晴らしい演奏のテクニックを持ちながら、その独りよがりな演奏で全体を台無しにしかねないだらしなさがあった。とはいえ、時たまみせる抜群のテクニックは見応えがあり、それゆえに多くのファンを持っていたのも事実だ。
だが時には我慢できないこともある。プロレスとは興行であり、興行主(プロモーター)は大金はたいて外国から人気レスラーを呼ぶ。そのレスラーが手抜きをしているのは、時として我慢しがたい。
あの温厚なジャイアント馬場が、一度だけロビンソンの怠惰にキレたことがある。どうもロビンソンは胸に打ち身かなにかの怪我をしていたらしく、試合中にジャイアント馬場の得意技16文キックを受けることから逃げた。
どんなに怪我をしても仕事を休まなかった馬場には、その怠惰は許せなかった。なんと試合中にロビンソンを制裁してしまった。ちなみに怒った時の馬場は、チョップもキックも使わない。ただ、ただ踏みつける。
馬場はその体重145キロの巨体をもって、プロ野球で鍛えた強靭な脚力で踏みつける。マットでのたうつロビンソンを逃がさず、ひたすら踏みつぶした。
これは断じてプロレスの試合ではない。本来なら助けに入るはずのロビンソンの相方の外人レスラーも、また場外で見学していた他のレスラーたちも、誰一人ロビンソンを助けようとしなかった。当然であろう、これはプロレスの試合ではなく、興行主が怠惰な請負業者を制裁しているのだから。
皆、仏頂面で制裁を黙認していた。一人では立つことも出来なくなったロビンソンを仲間の外人レスラーたちが粛々と控室に運び込むさまは、妙に寒々しかったのが恐ろしく印象的であった。
これはプロレスではない。公開リンチを見せつけられた気分であった。私が観たプロレスの試合で、もっともツマラナイ試合でもあった。
ロビンソンは数日休んだようだが、以降もう少しましなプロレスをするようになったと聞く。
歴代でも屈指の人気レスラーであるロビンソンをえらく否定的に書いてしまったが、単なるショーマンシップのプロレスを嫌ったロビンソンは、やはり正統派のレスリングに誇りと拘りをもっていた。だから晩年、それが出来ないアメリカのプロレスを嫌がり、日本で後進の指導にあたっていた功労者でもある。
また気障なポーズをとったりする軽薄なところもあったが、プロレス界の用心棒の役割を務めるほどの実力者であったのも事実。シュートレスリングと言われた真剣勝負が出来る数少ないプロレスラーであり、その実力ゆえに増長してしまった男でもあった。
好きではなかったが、忘れがたき名レスラーであったのは間違いないと思います。