プロレスの面白さの一つに、あれこれと想像を膨らませることがある。
今回取り上げるレスラーも、その戦いぶりを想像により楽しませてくれた一人である。赤いサソリことタム・ライスである。力道山がアメリカでの修業中勝てなかったレスラーの一人とされている。
来日回数はわずかに一度であり、その記録さえ十分に残っていない。だが、プロレスファンの間ではかなり知名度は高い。いや、プロレスファンよりも、空手、とりわけ極真空手に関心がある人たちにこそ有名なプロレスラーである。
極真の大山倍達は伝説といっていい空手家だが、その伝説には彼の半生を綴った「世界ケンカ旅行」と梶原一騎原作の漫画「空手バカ一代」が大きく貢献している。
そのなかで、力道山がアメリカで勝てなかったプロレスラーのタム・ライスに大山が苦戦の末勝ったエピソードが描かれている。このことが、ライスに対するプロレスファンのイマジネーションを大きくふくらますことになった。
ここで予め明かしておくと、「世界ケンカ旅行」にせよ「空手バカ一代」にせよ、大半が実話ではないと現在ではされている。劇画原作者の梶原はともかく、大山氏自身も、ほら吹きというか、話すうちに内容が過剰に大きくなる性癖の持ち主であったようだ。
ただし、近年の研究で大山倍達自身は、打撃系格闘家としては際立った強さの持ち主であることが判明している。決して口先だけの人間ではない。それはともかくも、劇画「空手バカ一代」で描かれたタム・ライスとの戦いの場面は秀逸であった。
膝を内向きにして金的への攻撃を防ぎやすく構える一方で、上半身を広く開き、腕を広げてキャッチしやすいように身構えるライスの姿は、プロレスラーというよりも喧嘩師の佇まいであり、迫力満点であった。
私自身、街で見知らぬ相手と喧嘩をする際には、下半身とりわけ膝と踵の向きに注目するよう教わっていた。踵が外に開いていれば、左右に素早く動けるし、膝が前後ろになっていたら、突進してくる可能性が高い。また膝を内向きにしている相手は、こちらが金的を狙っていることを覚悟しているわけで、逆にこちらの急所を狙ってくる可能性もある。
また爪先立ちで踵を浮かしている相手はボクシング等の経験者の可能性が高く、腰を落して膝を曲げて構える相手は、こちらの攻撃を受けての反撃を狙っている。そんなことばかり話し合い、練習していた私らチンピラにとって、タム・ライスの構えはまさに実戦的に思えたのだ。
残念ながら、プロレスラーとしてのタム・ライスの記録はほとんど残っていない。赤サソリと称されたのは、興奮すると上半身が赤く染まるからだそうだが、その画像さえ残っていない。
だからこそ、プロレスファンは想像を逞しくして、ライスの姿を思い描いていて楽しんだものだ。本当は虚像なのかもしれないが、私にとっては忘れがたい幻のプロレスラーでした。