自由に生きる自由はない。
現代社会に生きる以上、その定められた法律や制度に縛られる。その縛られた枠の中での自由であり、制約された自由でもある。自由なんて、所詮その程度のものだと思う。
だが、そんなあり方に本能的に反発する自分がいる。法律や制度を守ることを嫌っている訳ではない。むしろ健全な一市民として生きていきたいと素直に思っている。
ただ、本能的にこうあるべきだと思っていることがあり、それが必ずしも法規に一致しないことはある。しかし、己の信念として守るべき正義はある。不幸なことに、法制度が定めた枠と、己の信念による正義に微妙なずれがあると、それは人生を不自由なものしてしまう。
表題の書の主人公も、本質的には善人であり、己が正しいと信じる正義を守る一人の市民に過ぎない。しかし、一つボタンのかけ間違えというか、若き日の小さな誤りが、彼の履歴書に汚点を残してしまった。
犯罪歴のある人間に現代社会は優しくない。それでも彼は悪人ではなく、ただ社会の法規制の枠から微妙にずれたところに追いやられた、無力な善人に過ぎない。
そんな負い目がありながらも、彼はささやかな牧場を営み、愛する妻とつつましく暮らす。ただ、その幸せを維持するには、もう少しお金が必要となる。だから、彼は密かに運び屋をやっていた。中身が違法なものであることは、容易に想像がついた。
しかし、自らの幸せを守るために、ちょっとだけだと自らを納得させていた。しかし、それを目撃してしまった保安官補がいて、逃げ出さざるを得なくなった。それどころか、その責任を追及する悪党どもから命を狙われる羽目に陥った。
事の発端となった保安官補も、実は過去に負い目を持っているがゆえに、主人公の立場に気が付いた。その置かれている状況に思い至り、複雑な気持ちを抱く。
逃亡する主人公と、それを追いつめる殺し屋。その状況を追いかけつつも、複雑な心境で悩む保安官補。三者が織りなす人間模様は、劇的な終末を迎えるが、そこでの意外な結末が、この小説の肝となっている。
悪人ではないが、完全に法令を守っている訳でもない主人公は、たしかに罪を犯している。しかし、読者は気が付かざるをえないはずだ。誰の身にも起こりうることで、ほんの僅かなズレが人生を破たんさせることを。
最後に頼りになるのは、本人が守りたいと信じる正義の信念であることが爽快な、稀有なクライム・ストーリーだと思います。機会があったら是非どうぞ。