ある日ぃ、森の中、クマさんと踊った~♪ 花咲く森の中~、クマさんと踊ったァ~♪
んな長閑なお話ではない。
凶暴な父親に育てられた兄弟たちと、彼らの繰り返す強奪事件を追いかける刑事の織り成す迫力満点のミステリーが表題の作品である。タイトルの熊と踊れ、とは、父親が子供に戦い方を教える時の喩えである。
とんでもない教え方があるものだ。その父親の教えは、本書を読んでもらうしかない。
しかし、戦う相手を熊と想定するのは狂気に近いと思う。熊を身近で観察すれば分るが、ありゃ筋肉の塊であり、両腕の鋭い爪だけの一振りで馬や牛を一撃で倒す腕力の持ち主である。
しかも熊は素早く動ける。走るのだって人間よりはるかに速い。四足で走るので、下りを走るのは遅いらしいが、それでも人間よりは速い。どう考えても、素手の人間が勝てる相手ではないと思う。
でも、居るというか、居たみたいですね、素手で熊と戦い、勝ち方を身に付けた人って。
夢枕獏氏の小説を読んで知ったのですが、古流柔術の禁じ手の一つに、相手の口に手を突っ込んで、舌を掴むと噛むことが出来なくことを利用する技があるとか。それを熊相手に試した武道家がいたようです。
本当かよと思いますが、一概に否定も出来ない。熊ではなく犬、特に野犬相手の話ですが、犬に襲われたら口の中に手を突っ込めと教わったことがあります。犬を飼ったことがある人なら勘づくと思いますが、噛む前に先に手を喉まで突っ込んでしまうと、如何な犬といえども口を閉じることが出来ません。
教えてくれた人は、野犬駆除に当たる猟友会の方でした。その時、教わったのは、口に手を突っ込み、犬を横倒しにして、その脇腹に膝を突き立てて除骨を折って内臓に損傷を与える方法でした。
なるほどと思ったけれど、犬の口に手を突っ込むタイミングの難しさと、あの恐ろしい吼え声にビビらず立ち向かう勇気の持ち様こそ最大の関門だと感じたものです。
ただ、やろうと思えば出来る技術だとも思ったのは確かです。でも、それは犬相手の場合。熊相手に、それを実践した人が、どうもいたようなのですよね。ちょっと信じがたく思いますが、武道家ならばありうるとも考えています。あたしゃ無理ですけどね。
もっとも実際に野山で野犬や熊と対峙する羽目に陥ったら、冷静ににらみ合い、こう着したら目線を外してゆっくりと後退するのが一番現実的だと思います。野犬も熊も本気で戦おうとうする相手とは、無理に戦おうとはしませんから。
ただし、襲われたら必死で抵抗することです。実際、クマに襲われた人が助かるのは抵抗した場合ですから。キノコ狩りに使う鎌を振り回して助かった老人や、背負ったリュックを振り回して、それを熊に奪われたら、そのリュックを咥えて逃げ去った熊の話を聞いたことがあります。
どんな場合でも、必死で生き残ろうとする意志こそが、最強なのだと思うのです。例に挙げた熊の口に手を突っ込んだ武道家だって、実際に熊を殺したのではなく、熊がビビって逃げたのだろうと思います。素手で勝てる相手じゃないですよ、熊は。
ところで表題の作品ですが、上下巻で千ページを超える大作です。ですが実話を元にしているだけに、展開はスピーディで、ワクワクしながら読めますので、お薦めの一作ですよ。