ヌマンタの書斎

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ノモンハン戦争 田中克彦

2023-06-09 09:32:07 | 

声を大にして言いたい。

「ノモンハン事件」ではない。「ノモンハン戦争」だ。でも日本では戦後になっても、未だに戦争ではなく事件だとされている。これは実に不愉快であるばかりでなく、歴史の実相を誤って理解することになる。

なにせ2万人近い日本兵が死傷している戦場であり、しかも敗戦に終わった戦いでもある。これを事件だと矮小化するなんておかしいです。では、何故に戦争ではなく事件だと情報操作されたのか。ここに問題がある。

もちろん、この情報操作には犯人がいる。このノモンハンでの戦いを上層部の許可なくして行った日本陸軍のエリートたちこそが、その主犯である。その中心人物は、あの「作戦の神様」と呼ばれた辻正信である。

私にとっては、瀬島龍三、源田実と並ぶ悪しきエリート軍人である。日本のエリートの特徴は、権限は離さないが、責任は取らないことにある。これは日露戦争以来、エリートに蔓延している悪癖であり、驚くべきことに令和の今日でさえ解消の兆しさえない。

日本のエリートの人事考課は、基本減点主義である。つまり失敗さえしなければ決して罰されることはない。ちなみに評価されるのは、新たな予算を獲得した時である。

ノモンハン戦争は明らかに日本側の負けであった。空戦で勝ったとか、一定の目的を果たしたなどと妙に偏向した評価を目にすることがあるが、戦争とは政治の延長であり、政治目的を達成できなかった以上、どう言い訳しようと失敗である。

おそらく辻正信はそれが分かっていたのだろう。だからこそノモンハン戦争ではなく、ノモンハン事件だとした。事象を矮小化することにより、自らの失策をかき消した。もちろん辻一人で出来る訳がない。それに協力したエリートたちがいたからこそ、戦後の歴史教科書でさえ戦争ではなく事件だと記述している。

おかげで、何故にこのノモンハンの地が政治問題となり、話し合いでの解決が出来ずに武力行使となったのかが分からなくなっていた。

この謎を解くキーポイントはモンゴルである。実は1990年代に開催されたある国際的なシンポジウムで、モンゴル側の研究者から「あの戦争は避けられた」との発言が飛び出した。日本のマスコミ様はその発言を理解できなかったようだが、真摯に歴史研究をしている表題の著者には目から鱗が落ちるが如き爆弾発言であったようだ。

ノモンハン戦争は、ソ連と日本との戦争だと誤認してしまうと、その背景にあったモンゴル問題が分からなくなる。かつてユーラシア大陸を史上初めて東西にわたり支配した世界帝国モンゴルは、不当に過小評価されてきた。

このモンゴル問題が分からないと、日本の傀儡としての満州国、ソ連の傀儡としてのモンゴル人民共和国、そしてシナの内モンゴル自治区が複雑に絡み合うノモンハン戦争は理解できない。

おそらくほとんどの日本人がこの戦争を「ノモンハン事件」として誤認してしまっている。是非ともその誤解を解いて欲しい。その一助になるのが表題の作品です。興味がありましたらご一読をお勧めします。

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