猛暑に喘いだ8月23日に、往年の人気レスラーであったテリー・ファンクの訃報が報じられた。
ドリーとテリーのファンクス兄弟は、日本プロレス史に残る名コンビであった。冷静で善良な兄ドリーと激情あふれるヤンチャ坊主の弟テリーのタッグは、いつだって観衆を沸かせた。
公正な試合をしようとするドリーが悪役チームであるブッチャーとシークに捕まりボコボコにされる。反対側のリングサイドから懸命に手を伸ばしてドリーと交替を望むテリーの悲痛な叫び。観客は興奮して巻き起こるドリーへの声援。それに応えたドリーが懸命に抜け出してテリーとタッチ。
満を持してリングに上がりブッチャーを鉄拳攻撃し、シークをリングの外へ放り出す。観客は喜びの歓声を上げるが、すぐに悲痛な叫びに変わる。タイツの奥から凶器を持ち出したブッチャーがテリーへ残酷な反則攻撃を始めたからだ。
観客の悲鳴が上がる。なんとテリーの腕にブッチャーが差したフォークが突き刺さっているではないか。血まみれでマットの上をのたうち回るテリー。すると我慢の限度を超えたドリーがタッチもなしにリングに入ろうとする。
それを止めようとするレフリーを跳ね飛ばしブッチャーに襲い掛かるドリーが怒りの反撃。すると背後からシークが忍び寄り、またもや反則攻撃でドリーを打ちのめす。さあ、本気で怒ったテリーの怒涛の反撃にたまらずブッチャーとシークは逃げ出す。
もう観客は感情を爆発させて応援を叫び、逃げ惑う反則コンビにリング外での追撃をするファンクス兄弟。収拾不可能とみたレフリーがコングの連打で収めようとし、遂にはジャイアント馬場と鶴田までもが駆けつけて事態を納めようとする。
今も記憶に残る年末の世界最強タッグ選手権である。プロレスを八百長とか筋書きがあるとか賢しげに誹謗することが如何に馬鹿らしいか良く分かる。あの時の興奮を上回る試合は、野球だろうが相撲だろうがボクシングだろうがあり得ない。
ちなみに私は下北沢南口のパチンコ屋の街頭テレビで、この試合を友人たちと観て、大声を上げ、騒いでいた迷惑な馬鹿者であった。似たような輩が十数人いたと思う。そのあとは居酒屋に乗り込み、プロレス談議に熱く燃える一夜を過ごした元気な高校生であった。
テリー、素晴らしい試合をありがとう。私は絶対忘れないぞ。
飲んで、大騒ぎ。
専修大学、主将の親父が、警部で
事なきを得た。
懐かしいなぁあー😮💨