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入笠のことばかり考えているわけではないが、それでも一応ここには、いくらかでも関連することを話題にしようという気はある。だから、無いことの分かっている米櫃(こめびつ)の底を探ろうとするようなことになるのだ。
昨日の15日で、たった3か月しかない今年度の狩猟期が終わった。この間、猟をするわけではないが、今シーズンもあっという間に終わってしまったという気がする。
確かに、鹿などの有害動物の駆除を目的にした狩猟なら年中できるが、これはややこしい決まりがあり、誰でも、どこでも、ドコンドコンと鉄砲をぶっ放してよいというわけにはいかない。
それだけでなく、銃の取り扱いについては、特に厳しい決まりが多数ある。例えば銃を車の中に放置することは厳禁だが、だからといって、それを担いで銀行は無論だが、コンビニでも行くわけにはいかなかろう。人にに勧められたこともあったが、今では鉄砲など持たなくてよかったと思っている。ただ罠猟に関しては、業務の必要もあり免許を取った。現在でも、持っている。
そんな縁でたまには誘われて猟に同行し、その大変さを垣間見るようになった。もし狩猟が生活の糧でなかったなら、あれは大変な趣味だと言える。今や猟師も高齢化し、若い人がやらないと嘆きの声を聞くが、それも充分にうなずける。なにしろ寒い、重い、疲れる、危険。
冬の登攀と一緒だと言えるかも知れないが、登攀における困難や苦労は前提であって、同時にまた目的でもある。それに対し猟は、目的はあくまでも獲物である。苦労や困難はできるだけ避けたいところだろうに、多くの場合そういうわけにはいかない。
深い雪の谷を転げ落ちていった鹿を追って数10メートルも下り、今度はその重い獲物を何とか苦労の末引きずり上げる。それができたとしても、その後最低でも放血と、内臓は抜かなければならない。雪まみれ、寒い、血まみれの解体処理・・・、1頭の鹿にどれほどの時間と手間がいることか。
しかしそれでもあの猟師たちは、わずか3か月のこの狩猟期に精も根も使い果たそうとする。お疲れさまでした。
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