入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’23年「春」(4)

2023年03月04日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など
 
 小屋は雪に押しつぶされそうになりながらも、権兵衛山と一緒に、後期高齢者になったばかりの牧守を待っていてくれただろうか。
 あんなふうに機会を逸したらその意欲が萎えてしまい、仕方がないから空想の中でHALも連れて今、御所が池への分かれ道あたりを歩いているところだ。そんなことをしていると、また萎んだ風船のような気持に少しづつ新たな意欲が注入されていくような気がする。
 深い雪、樹々の梢から射し込む鋭い光、雪の道が森閑とした樹林帯の中に続く。青空が輝き、3時間、時には4時間の登行の中で束の間の安堵と満足感を味わう。それだけでも、苦労は報われてしまうのだから山は不思議だ。空想のHALは雪に苦労しながら、嫌がるふうも見せずに付いて来る。



 この写真は昨年の大晦日に行った時に撮ったもの、現在はとてもこんな雪の量ではない。

 上にいったところで何の目的もないなら、いい年をして行くまでのことはないだろうと言う人もいる。寒くて、水道も使えない不便で、誰もいない小屋に何があるのかと聞かれれば、「確かに」と応えて肯くしかない。
 それでも行こうとする。若いころに少し山を齧っくらいで、冬期の法華道や入笠ぐらいは散歩気分で行ける思い、ついでに冬季営業も一応は新しい試みとしてやってみた。結構やって来た登山者の案内もしたつもりだ。愉快なこともたくさんあった。

 どうもcovid-19がひとつの契機となって、自分の頭が今の時流とは大分乖離していると気付くようになった。この点は保守、古いのだ。
 例えばキャンプ、どうも快適と便利だけを指針にした現代の文明よろしく、商業的に過ぎていないかと思う。料金にしてもしかり、小屋もキャンプも随分と高くなりました。
 まあ、それで皆が喜んでいるのだから「時代遅れはつべこべ言うな」と叱るだろうが、しかし、世界遺産にも登録されているあの山の寝具ときたら、外人客も多いのにまさしく国辱ものだと案ずる人もいる。
 
 それはさておき、どうやら当方のは、キャンプではなくて「露営」で、あるいは黄色い屋根型天幕のようなひと昔もふた昔も前の景色だと言われそう。そうと認めてもいいが、ともかく観光客と登山者の境界が低くなり、山はさらに変わりつつある。
 それにしてもよく、われわれの時代の方が貧しかった分、精神的には豊かだったと言ったり聞いたりする。たった4畳半の狭い部屋、テレビ、冷蔵庫、風呂もなければ”憚り”は共同使用が一般的だった。ようやく沈静化したcovid-19のように、学生運動とやらが流行り病の役をした。それから半世紀以上が経つ。
「神田川」はもう、生まれない。

 後期高齢者になって、つい喜んでとまでは言わないが、きょうも落としどころのない昔話、独り言。
 本日はこの辺で、明日は沈黙します。
コメント
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