「後期高齢者」などというあまり有難くない肩書を背負って以来、ご同輩諸氏と顔を会わせるとどうしても身体の不調が話題になる。また、何もしてやれないとはいえ、現に患っている者のことが当然ながら気になる。そして、いつの間にかそういう年齢になったのだと、慰めにもならないことを言って終わる。
有難いことに、頭、心、血圧、それともう一カ所の他、いまのところ格別に何か不具合を自覚することはない。身体にメスを入れたことも、久しく病のために床に就いた記憶もなく、時に友人諸氏の間ではわが不気味な健康状態が話題になるらしい。ある時「まるで元気であることが悪いみたいじゃないか」と言ったら、「そうだ」だと。
いやはやこれには二の句が継げなかった。彼は高級車中の高級車に乗っているのに腰が不具合で、医者からは軽トラに乗れと言われたらしい。実に正しい診断だ。
常々「清貧独居禁欲」を守って、地味に生きてきた。シートベルトをするのも面倒、covid-19のマスク対策もよく忘れて注意されたり、何をとっても完璧とは程遠かった。それが不思議なことに"信州に下って”20年近く、炊事、洗濯、家事、身の回りのことを何とかこなしてここまで来た。
亡妻の庇護下にあった時には何もしなかった。家のことはもちろん、はては背広や靴、ネクタイに至るまで任せっぱなしにしていた。彼女の口癖は、いつか山で死んだ夫の妻になる、だったはずなのに、先に逝ってしまった。
昨夜、いつものように独酌をしていて、ふと、「わたしは軽トラになりたい」と思った。この意外な思い付きは、名作「わたしは貝になりたい」という題名の古いテレビ映画と繋がる。
終戦後、除隊して故郷に帰り、夫婦二人で理髪店を経営しながら曲がりなりにも平和に暮らしていた。そこへ突然進駐軍がやって来て、彼は身柄を拘束されてしまう。容疑は、戦時中に撃墜されて捕虜になったB29の乗員に対し、上官から刺殺を命じられながらも、気の小さな彼には傷を負わせる程度のことしかできなかった。しかしそれが捕虜虐待の疑いをかけられ、結果BC級戦犯として死刑が確定してしまうのだ。
この不運な男がその執行前に、今度生まれて来るなら人間でなく、深い海の底で誰にも邪魔されることなく静かに暮らせる貝になりたいと遺書にしたためたのだ。
映画はある元陸軍中尉の手記に基いて作られたようだが、この映画と似たような事が戦後の日本ばかりか、日本軍が侵攻した国、島、各地であったようだ。
米軍側は、一夜にして300機を超すB29を毎夜のように東京へ出撃させ、10万人を超す無辜なる市民を殺戮したのに、これについては一切の責任が不問にされた。原爆投下もそうだ。細菌兵器による攻撃も考えていたようだが、使用する前に戦争が終わった。
軽トラは生き物ではないから、正確には「わたしは軽トラのようになりたい」だろう。(続く)
本日はこの辺で。
有難いことに、頭、心、血圧、それともう一カ所の他、いまのところ格別に何か不具合を自覚することはない。身体にメスを入れたことも、久しく病のために床に就いた記憶もなく、時に友人諸氏の間ではわが不気味な健康状態が話題になるらしい。ある時「まるで元気であることが悪いみたいじゃないか」と言ったら、「そうだ」だと。
いやはやこれには二の句が継げなかった。彼は高級車中の高級車に乗っているのに腰が不具合で、医者からは軽トラに乗れと言われたらしい。実に正しい診断だ。
常々「清貧独居禁欲」を守って、地味に生きてきた。シートベルトをするのも面倒、covid-19のマスク対策もよく忘れて注意されたり、何をとっても完璧とは程遠かった。それが不思議なことに"信州に下って”20年近く、炊事、洗濯、家事、身の回りのことを何とかこなしてここまで来た。
亡妻の庇護下にあった時には何もしなかった。家のことはもちろん、はては背広や靴、ネクタイに至るまで任せっぱなしにしていた。彼女の口癖は、いつか山で死んだ夫の妻になる、だったはずなのに、先に逝ってしまった。
昨夜、いつものように独酌をしていて、ふと、「わたしは軽トラになりたい」と思った。この意外な思い付きは、名作「わたしは貝になりたい」という題名の古いテレビ映画と繋がる。
終戦後、除隊して故郷に帰り、夫婦二人で理髪店を経営しながら曲がりなりにも平和に暮らしていた。そこへ突然進駐軍がやって来て、彼は身柄を拘束されてしまう。容疑は、戦時中に撃墜されて捕虜になったB29の乗員に対し、上官から刺殺を命じられながらも、気の小さな彼には傷を負わせる程度のことしかできなかった。しかしそれが捕虜虐待の疑いをかけられ、結果BC級戦犯として死刑が確定してしまうのだ。
この不運な男がその執行前に、今度生まれて来るなら人間でなく、深い海の底で誰にも邪魔されることなく静かに暮らせる貝になりたいと遺書にしたためたのだ。
映画はある元陸軍中尉の手記に基いて作られたようだが、この映画と似たような事が戦後の日本ばかりか、日本軍が侵攻した国、島、各地であったようだ。
米軍側は、一夜にして300機を超すB29を毎夜のように東京へ出撃させ、10万人を超す無辜なる市民を殺戮したのに、これについては一切の責任が不問にされた。原爆投下もそうだ。細菌兵器による攻撃も考えていたようだが、使用する前に戦争が終わった。
軽トラは生き物ではないから、正確には「わたしは軽トラのようになりたい」だろう。(続く)
本日はこの辺で。