今週はかなり寒くなるという。それでも、今朝の午前7時ごろの室内気温は4度と、このくらいなら許容の範囲だろう。
昨日は全国的に寒かったようだが、午後遅くの散歩中はそんなふうに感じなかった。ただ、開田に出た時、正面に現れる仙丈岳の雪を纏った山容が、冬山の凄みを見せていた記憶は残っている。
こんなことを言っておいて、別の時に、同じ程度の寒さに音をあげたりすることがあるかも知れないが、暑さ寒さも精神的な気候状況も影響して、必ずしも寒暖計だけでは測れない時がある。例えば、手許不如意な時のように、あるいは何かの理由で失意の底に沈んでいれば。
風呂に入るか、散歩に出るか、それともこのまま本を読み続けるかと、迷っている。きょうのこの呟きは午前中に外出したため、それを口実にして沈黙するつもりで、心のラジオ体操だけが済んでいる。(12月19日記)
きょう20日、いよいよ今年も残す日はあと僅かになった。そろそろ年賀状も書かねばならないし、年内に済ませておかなければならないことがまだ若干だが残っている。
その中でも、大雪の来ないうちに一度、上に行っておきたい。越年のことに加え、6,7,8日と予約が入っているから、それへの自身も含めた準備対応があり、今ではそれが「わたくしの冬山」である。
この仕事を始めたころは、まだかろうじて50代だった。冬の入笠牧場へ行くことなど何ともなかったし、敢えて夜間を選んで星を眺めながら行こうとしたこともあった。
こうして暖房の効いた部屋で、炬燵に当たりながら考えれば、その当時とあまり気持ちの上での変化はない。牧場にいても、年齢を理由に作業を加減するというようなことは、電柱や高い木によじ登るのを控えるくらいだったと思っている。
しかし、実際は、気付かないうちに衰えているのは体力ばかりか気力も同じで、そういうことを、ふと、気付かされる瞬間がある。そういう経験が段々と重なって、ボデーブローのように効いて、人は老いを、衰えを受け入れていかざるを得ないのだと思う。
ただし、諦めを老成だとか、見識だと評価したり誤解したりする者がいたりするが、そこは注意した方がいい。そういう"フリ"だけの老体を何人も見てきた。喜怒哀楽を抑えず、愛があればさらに良し。立ち枯れのような老いたる裸体を隠すな。
赤羽さんの「その日その時」を読むと、小学生のころに夏休みに都会から来た、同じような年ごろの少年たちを思い出します。多謝。
本日はこの辺で。