陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

434.乃木希典陸軍大将(14)こういう事は早く披露しておくほうが良い。おいどんから吹いてやる

2014年07月18日 | 乃木希典陸軍大将
 麹町紀尾井町七番地に伊瀬知大尉の新宅はできていた。新宅披露の来賓には次の人々が招待されて出席したが、彼らは当時の絢爛たる明治の将星たちであった。

 主席の東京鎮台司令長官・野津鎮雄(のづ・しずお)陸軍少将(鹿児島・薩英戦争出征・戊辰戦争出征・陸軍大佐・少将・陸軍省第四局長・佐賀の乱出征・熊本鎮台司令長官代理・陸軍築造局長・東京鎮台司令長官・西南戦争出征・第一旅団司令長官・中将・中部監軍部長・死去・正三位・勲二等)。

 野津鎮雄少将の弟、野津道貫(のづ・みちつら)陸軍大佐(鹿児島・戊辰戦争出征・鳥羽伏見の戦い出征・会津戦争出征・函館戦争出征・陸軍少佐・中佐・陸軍省第二局副長・大佐・西南戦争出征・少将・陸軍省第二局長・東京鎮台司令長官・子爵・中将・広島鎮台司令長官・第五師団長・日清戦争出征・第一軍司令官・大将・伯爵・近衛師団長・東部都督・教育総監・第四軍司令官・日露戦争出征・元帥・侯爵・貴族院議員・大勲位菊花大綬章・正二位・功一級)。

 海軍卿・川村純義(かわむら・すみよし)海軍中将(鹿児島・長崎海軍伝習所・戊辰戦争出征・会津戦争出征・海軍大輔・海軍中将・西南戦争出征・海軍総司令官・海軍卿・枢密院顧問・死後海軍大将・従一位・勲一等・伯爵)。

 近衛参謀長・樺山資紀陸軍大佐(鹿児島・鳥羽伏見の戦い出征・陸軍少佐・台湾事変出征・中佐・熊本鎮台参謀長・西南戦争出征・陸軍大佐・近衛参謀長・警視総監・陸軍少将・海軍に転じ海軍大輔・海軍次官・海軍大臣・枢密顧問官・海軍軍令部長・日清戦争出征・海軍大将・伯爵・初代台湾総督・内務大臣・文部大臣・従一位・大勲位・功二級)。

 
 参議・西郷従道(さいごう・よりみち)陸軍中将(鹿児島・西郷隆盛の弟・戊辰戦争出征・太政官・陸軍少将・中将・陸軍卿代行・近衛都督・参議・陸軍卿・農商務卿・開拓使長官・伯爵・海軍大臣・内務大臣・枢密顧問官・海軍大将・侯爵・元帥・従一位・大勲位・功二級)。

 
 伊瀬知大尉の新宅披露の来賓には、その外薩摩の多数の軍将たちも招かれていた。乃木中佐も、その一人として列席したのだ。奥には、湯地定基の妻とお七が来ていた。

 宴席が始まり、盃が一巡した時分に、伊瀬知大尉は主席の野津鎮雄陸軍少将の前に出て、挨拶の言葉を述べた後、「乃木中佐に、妻の世話を致しました」と話し、「特に見合いと言うと、乃木中佐が嫌いますので、今日の宴会を利用したのであります」と、言った。

 野津少将は「おいどん等は、それに立ち会った訳じゃな、ハッハハハハ」と笑った。そこで、伊瀬知大尉は「長州人ではありますが、彼は全くの別物で、特に将来のある軍将でありますから、閣下にこの媒酌を願いたいのですが、どうでありましょうか」と尋ねた。

 すると、野津少将は「よし、それはおいどんが引き受けた」と言って肯いた。伊瀬知大尉が「詳細の事は、明日申し上げるとして、陛下へのお願いも、閣下からよろしく御手続きを願います」と言うと、「よし。わかった。だが、今、ここで披露しておけ」と言った。

 「まだ、早いのでは」と伊瀬知大尉が言うと、「こういう事は早く披露しておくほうが良い。おいどんから吹いてやる」と言って気の早い野津少将は、立ち上がって、「オイ」と一同に声をかけた。列席者は、皆何事かと、箸を置いて、急に静かになった。

 
 野津少将は「今日は、伊瀬知の新宅祝いじゃが、それに加えて、もう一つめでたい事があるから、それを披露する。乃木中佐が、国元の湯地の娘を貰う事になったのじゃ。その媒酌はおいどんがする。お七ッつあんが、乃木中佐の妻になるのじゃから、実にめでたいことじゃ。前祝のしるしに、胴上げでもしてやれ」と言った。


 そこで、一同は乃木中佐を抑え込んだ。逃げ遅れた乃木中佐は、担ぎ上げられて、二、三度、畳に叩き付けられた。「見合いというものは、痛い」と乃木中佐は言った。

 こうして、明治十一年八月二十七日、芝櫻川町の乃木家で、結婚式が極めて質素に行われた。三々九度の式が済むと、宴席になった。

 乃木中佐は列席者たちと盛んに飲み、酔ったあげくに、とうとう相撲を取り始めた。夜も更けて、相撲を取った乃木中佐も、列席者も、そのまま寝込んでしまった。

 さすがに、お七も、これには、驚いた。新婚の第一夜が、このありさまであった。普通の娘なら、泣き出してしまっただろう。

 だが、男勝りの、お七は、負けぬ気を出して、着物を改め、金盥に水を汲んで来て、水にし浸した手拭いで、乃木中佐と友人の頭を冷やして回り、介抱した。

 翌朝、目覚めた客たちは、さすがに面目の悪いような様子で、すぐに帰ってしまった。乃木中佐も、起きて、周りを見回していたが、お七を見てしまった。

 お七が「お目覚めで御座いますか」と言うと、乃木中佐は「やあ、失敗した」と言った。お七は、顔が赤くなった。すると、乃木中佐は「これから連隊に行く」と言った。

 お七が「まだ、お早いでございましょう」と言いうと、「イヤ、早くてもよろしい」と言って、乃木中佐は、ずんずんと、家を出て行ってしまった。