陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

445.乃木希典陸軍大将(25)、そういう風に、考えが違うのじゃから、ツイ行けぬ事にもなるのじゃ

2014年10月03日 | 乃木希典陸軍大将
 乃木中将は出てくると、「ヤア、何か御用ですか」と言った。今日、呼ばれていて、今、断って来た人のようでもなく、園遊会のことはもう忘れているような顔付きで「何か用ですか」とは、ずいぶん厳しい聞きようだった。だが、相手が相手だけに、一同謹んで、態度を見ていると、やがて、市長が席を進んで、次のように申し出た。

 「ちょっと、お伺いしたいのですが、今日の園遊会へ、御出席が無い、というお知らせを承って、一同、驚きの余り、斯く打ち揃って参ったのでありますが、全体、どういう御都合で、御欠席に、なるので御座いますか、それを承りたいと、存じまする」。

 
 すると、乃木中将は、「イヤ、そう深い仔細は無いが、何となく、行くのが厭になったから、それで、御断りするのじゃ」と答えた。艶も無ければ、飾りも無い。思ったままの答えには違いないが、厭になったから断るとは、益々猛烈な断りようだった。それから、市長と乃木中将の間で、次のようなやり取りが行われた。

 市長「併し、その御厭に、御成り遊ばした、というに就いては、何か、仔細がなければなるまい、と考えます。どうせ、我々の計画した事で御座いますから、御気に召さぬ事は、沢山に御座いましょうが、発起人一同の苦衷は、御諒察を願いたく、また、県の有力者が、殆ど十里二十里の遠きを、厭わずに集まって来る、という、これ等の者に対しても、此の儘、将軍が、御欠席になる、という事があっては、来会者の失望は勿論、発起人の顔も立ちませぬので、何とか、御心を直して、御出席を願いたいので御座いますが、それに就いては、どういう点が、御気に召さなかったのか、それを御明かし下さいますれば、悪い点は改めて、御出席を願う事に致しましょう」。

 乃木中将「そう心配を掛けては、まことに相済まぬが、何となく、厭になったものじゃから、それで、断りを言うたのじゃ。集まられた一同に対しては、更に我輩から、御挨拶の書簡は、出しても差し支えないから、どうか、勘弁して貰いたい」。

 市長「それまでに仰せられるほど、御厭とありましては、猶更、どういう点が悪い、という事を、仰せを願いたいのです」。

 乃木中将「イヤ、別に悪い、という事はない。世間一般、そういう事に、なっているのじゃから、わしが一人で、嫌いじゃからと、言うたところで、致し方もないのじゃ。いっそ、参らぬが一番よい、と考えて、断ったのじゃから、そこは、よく察して貰いたい。併し、諸君の御好意に対しては、飽く迄も感謝する次第である」。

 市長「へー、そう致しますると、何か、今日の計画の中に、御気に召さぬところがあって、それが為に、御欠席というように聞き取られますが、左様で御座りますか」。

 乃木中将「ウム、実は、その通りじゃ」。

 市長「それを、承りたいのです。どういう点が、御気に召さなかったのですか」。

 乃木中将「我輩も、そう言われると、言わなけりゃならぬが……」。

 そう言いながら、乃木中将は、しばらく考えていたが、やがて独りうなずいて、次のように言った。

 乃木中将「よし、それじゃ、いっそ、言うてしまおう」。

 市長「ハイ、どうぞ、御聞かせください」。

 乃木中将「こういう訳じゃ。今朝、案内状を開いて見ると、催し事のプログラムが、出てきた。それを読んで見ると、今日の歓待は、実に至れり尽くせりで、我々如き者が、たまたま、赴任して来たから、というて、これまでの事をなさらずとも、と思う程に、立派な園遊会の仕組みに、なっているようじゃが、併し、その歓待の眼目が、芸者の接待に、在るように思われた。そうして見ると、わしとしては、一寸行けぬ事になる」。

 市長「ハハー、それが、何で悪いので御座いますか」。

 乃木中将「さア、そういう風に、考えが違うのじゃから、ツイ行けぬ事にもなるのじゃ。わしは、山口県人の、乃木希典として行くのではない。又それならば、君方も、これまでに我等を、歓待して呉れる次第もまかろう。我輩が、招ばれて行くのは、第二師団長として行くのであるから、軍人を迎えるような方法がいくらもあろうと思う。芸者の御馳走が、唯一の眼目に、なっている会では、どうも軍人として、一寸行く事が出来ぬじゃないか。もっとも、これは、わし一人の考えであって、折角、世間で流行っているのに、わし一人が嫌いじゃから、というて、他人までも、わしと同じような意見になれ、とは言わぬが、自分だけは、そういう意味の会合には、出ぬ事に極めているのじゃから、それでよんどころなく、御断りをしたのじゃ」。

 厳然として、乃木中将が、欠席の理由を語ったから、それを聞いた、発起人一同は、顔を見合わせて、しばらくは、何と答えのしようも無かった。