栗田中佐は「低能め、貴様、それでもカデットか」と罵倒された。カデットは陸軍幼年学校出身者の意味だ。花谷師団長は大阪幼年学校で、栗田中佐の先輩であった。
栗田中佐は一日に数回殴られた。時には激しく乱打された。そのため栗田中佐の顔は赤くはれあがり、血を流し、まともであることはなかった。
師団の将兵は栗田中佐のゆがんだ顔に目をそむける思いをしながら同情していた。
もともと栗田中佐は傍若無人で反抗心が強かった。陸軍士官学校在学中、横着な生徒であることを自認してわざと反抗した。
区隊長の訓辞の時などはわきを向いて、つばをはいたりした。本科の時、区隊長室に呼ばれて、しかられた時があった。
区隊長は殴るのはもったいないと言って、そばにあったバケツの水を栗田候補生の頭からかぶせた。
栗田候補生は退校を覚悟で、区隊長に殴りかかろうとした。その時、年をとった母の顔が目の前にあらわれた。母は泣いていた。栗田候補生は、殴ろうとした手をおろし、涙をボロボロ流しながら区隊長室を出た。
栗田中佐がアキャブの第五十五師団司令部に高級副官として着任すると、師団司令部は異様な空気だった。将兵の動作はいじけ、表情までがおどおどしていた。
栗田中佐は大いにやってやる、という気概を高くした。その夜の栗田中佐の歓迎の宴では、南方に来たという開放感もあって、さかんに放歌高吟した。
翌日花谷師団長に呼ばれた。「貴様か、ゆうべ、調子っぱずれな声を出していたのは」花谷師団長は赤い大きな目で、直立不動の栗田中佐を見据えた。
「高級副官だなどと、いい気になるな」花谷師団長はこぶしを固めて、栗田中佐を殴りつけた。
栗田中佐はおどろいた。前には横着をするだけあって、よく殴られた。しかし佐官になってからは、殴られることはなかった。
花谷師団長はつづけざまに殴りつけ「どうだ、こたえたか」と冷笑を浮かべた。
栗田中佐は、思わず悲憤の涙を流こぼした。猛将花谷の名は聞いていた。異常なことも分かっていた。
だが天下の将校を、それも陸軍中佐を殴るとは何事かと思った。それ以来、殴られない日はないといってよかった。
栗田中佐についでよく殴られたのは軍医部長の大迫大佐だった。軍医部長の大佐と言えば師団でも要職の一人だった。
将兵たちは大迫大佐が怒鳴りつけられている声を聞いた。「その敬礼はなんだ。貴様のような将校が誠意のない敬礼をするから、兵隊がみんなまねをする。敬礼をやりなおせ」
師団長の前に直立していた大迫大佐は初年兵のように敬礼のやり直しをさせられた。
栗田中佐は一日に数回殴られた。時には激しく乱打された。そのため栗田中佐の顔は赤くはれあがり、血を流し、まともであることはなかった。
師団の将兵は栗田中佐のゆがんだ顔に目をそむける思いをしながら同情していた。
もともと栗田中佐は傍若無人で反抗心が強かった。陸軍士官学校在学中、横着な生徒であることを自認してわざと反抗した。
区隊長の訓辞の時などはわきを向いて、つばをはいたりした。本科の時、区隊長室に呼ばれて、しかられた時があった。
区隊長は殴るのはもったいないと言って、そばにあったバケツの水を栗田候補生の頭からかぶせた。
栗田候補生は退校を覚悟で、区隊長に殴りかかろうとした。その時、年をとった母の顔が目の前にあらわれた。母は泣いていた。栗田候補生は、殴ろうとした手をおろし、涙をボロボロ流しながら区隊長室を出た。
栗田中佐がアキャブの第五十五師団司令部に高級副官として着任すると、師団司令部は異様な空気だった。将兵の動作はいじけ、表情までがおどおどしていた。
栗田中佐は大いにやってやる、という気概を高くした。その夜の栗田中佐の歓迎の宴では、南方に来たという開放感もあって、さかんに放歌高吟した。
翌日花谷師団長に呼ばれた。「貴様か、ゆうべ、調子っぱずれな声を出していたのは」花谷師団長は赤い大きな目で、直立不動の栗田中佐を見据えた。
「高級副官だなどと、いい気になるな」花谷師団長はこぶしを固めて、栗田中佐を殴りつけた。
栗田中佐はおどろいた。前には横着をするだけあって、よく殴られた。しかし佐官になってからは、殴られることはなかった。
花谷師団長はつづけざまに殴りつけ「どうだ、こたえたか」と冷笑を浮かべた。
栗田中佐は、思わず悲憤の涙を流こぼした。猛将花谷の名は聞いていた。異常なことも分かっていた。
だが天下の将校を、それも陸軍中佐を殴るとは何事かと思った。それ以来、殴られない日はないといってよかった。
栗田中佐についでよく殴られたのは軍医部長の大迫大佐だった。軍医部長の大佐と言えば師団でも要職の一人だった。
将兵たちは大迫大佐が怒鳴りつけられている声を聞いた。「その敬礼はなんだ。貴様のような将校が誠意のない敬礼をするから、兵隊がみんなまねをする。敬礼をやりなおせ」
師団長の前に直立していた大迫大佐は初年兵のように敬礼のやり直しをさせられた。