陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

272.今村均陸軍大将(12)作戦課長・今村大佐自身も中央から飛ばされた一人だった

2011年06月10日 | 今村均陸軍大将
 柳条溝事件は早くから満州占領を企図していた板垣征四郎大佐(陸士一六・陸大二八・陸軍大臣・大将)、石原莞爾中佐(陸士二一・陸大三〇恩賜・中将)ら関東軍参謀の暗躍によるものだった。

 今村大佐は事件不拡大方針堅持の必要を説いた。だが、関東軍は中央や政府の不拡大方針を無視して、着々と満州占領計画を進め、十月八日には満州西南部の錦州を爆撃した。

 その数日後の夜、今村大佐は自宅に池田純久大尉(陸士二八・陸大三六・中将・内閣総合計画局長官)と田中清大尉(陸士二九・陸大三七・大佐)の訪問を受け、この二人から初めて桜会の橋本欣五郎中佐(陸士二三・陸大三二・大佐)を中心とするクーデタ計画を知らされた。

 今村大佐は作戦部長建川美次少将(陸士一三・陸大二一恩賜・中将)に橋本中佐説得を進言し、その結果、橋本中佐は建川少将にクーデタ中止を約束した。

 だが、十月十六日午後、桜会員である根本博中佐(陸士二三・陸大三四・中将)、影佐禎昭中佐(陸士二六・陸大三五・中将)、藤塚止戈夫中佐(陸士二七・陸大三六・中将)が突然、今村大佐に会いに来て、「先日、橋本中佐が約束した中止は虚言である」ことを告げた。

 作戦課長である今村大佐は部局長会議を開き、なお、教育総監部本部長・荒木貞夫中将(陸士九・陸大一九首席・大将・陸相)が説得を試みたが、ついに南次郎陸相(陸士六・陸大一七・大将・陸相・貴族院議員)の決断で、橋本中佐ら急進派十二人を憲兵隊に拘束した。

 『十月事件』と呼ばれるクーデタ計画はこうして未遂に終わった。満州事変はもともと「国家改造」の実現を目指して計画されたもので、十月事件もその一環だった。

 満州事変は作戦が成功し、日本軍占領地域は次々に拡大し、それを抑え得ない軍中央の不拡大方針は急速に色あせてきた。政府も軍の思いのほかの成功を見て、この既成事実に便乗する姿勢を見せ始めた。

 十二月、犬養毅の政友会内閣が成立し、青年将校に人気のある荒木貞夫中将が陸軍大臣に就任した。政府の対外政策は積極方針に転換し、荒木陸相は満州占領を中央で推進しようとした。

 昭和七年初めには日本軍はほぼ満州全土を手中に収めた。満州の独立計画は、政府、軍中央部、関東軍の間で合作されつつあった。

 このような情勢の中で今村大佐は依然として満州武力解決の時期が早すぎたことを憂えていた。今村大佐は、日本の対満州政策に対して、列国がどういう態度に出るかを懸念していた。

 戦後今村は「私記・一軍人六十年の哀歌」に次の様に記している。

 「…大東亜戦争のもとは支那事変であり、支那事変のもとは満州事変だ。陸軍が何等国民の意思と関係なしに満州で事を起こしたことが、結局に於いて国家をこのような破綻にあわせた基である~との国民の非難には、私のように、この事変の局部的解決に成功しなかった身にとっては、一言の弁解の辞がない」

 「私は、満州事変は国家的宿命であったと見ている。板垣、石原両参謀とは事変に関し、多くの点で意見を異にしたが、この人たちを非難する気にはどうしてもなれない。しかしながら満州事変というものが、陸軍の中央部参謀将校と外地の軍幕僚多数の思想に不良な感化を及ぼし、爾後大きく軍紀を紊(みだ)すようにしたことは争えない事実である」

 「これとても、現地の人がそうしたというよりは、時の陸軍中央当局の人事上の過失に起因したものと、私は感じている」

 「板垣、石原両氏の行動は、君国百年のためと信じた純心に発したものではある。が、中央の統制に従わなかったことは、天下周知のことになっていた」

 「にもかかわらず、新たに中央首脳者になった人々は、満州事変は成功裏に収め得たとし、両官を東京に招き、最大の讃辞をあびせ、殊勲の行賞のみでは不足なりとし、破格の欧米視察までさせ、しかも爾後、これを中央の要職に栄転させると同時に、関東軍を中央の統制下に把握しようと努めた諸官を、一人残らず中央から出してしまった」

 作戦課長・今村大佐自身も中央から飛ばされた一人だった。作戦課長の要職についてから僅か七ヶ月後のことだった。

 昭和七年初め、今村大佐は、新たに参謀次長となった真崎甚三郎中将(陸士九・陸大一九恩賜・大将・教育総監)から「都合により、貴官の作戦課長の職を変え、駐米大使官附武官に転補することにした」と申し渡された。

 今村大佐は、これを新作戦部長・古荘幹郎少将(陸士一四・陸大二一首席・大将)に報告し、次の様に述べた。

 「公務上深い因縁を持ちました上海事変の後始末は、まだこれを見ておりません。ついては、私を上海方面の職務に当てていただき、米国のほうは他の適材を当てるよう考えていただきたいものです」。