第53回 日本糖尿病学会年次学術集会 (5月27日~29日)
会長インタビュー
HbA1c採用の糖尿病診断基準を発表-第53回日本糖尿病学会会長・加来浩平氏に聞く
初の試み「ディベート」で臨床の問題点を浮き彫りに
2010年5月13日 聞き手・伊藤 淳(m3.com編集部) カテゴリ:内分泌・代謝疾患
5月27日-29日、岡山県岡山市にて『第53回日本糖尿病学会年次学術集会』が開催される。川崎医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科教授の加来浩平氏が会長を務め、テーマは「革新する糖尿病学-予防と治癒へのあくなき挑戦」。今回の糖尿病学会は、新たな糖尿病診断基準の発表など、多くの注目トピックスがある。加来氏に今学会の見所・特徴や糖尿病薬物療法の考え方などを伺った(2010年5月10日にインタビュー)。
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――まず、今回のテーマ「革新する糖尿病学-予防と治癒へのあくなき挑戦」に込められた想いをお伺いします。
糖尿病は患者数の急増が見られる生活習慣病です。糖尿病と診断された患者は、治療せずに放置すると合併症を高率に発症します。そのため、一次予防(糖尿病の発症予防)、二次予防(合併症予防)、三次予防(合併症の進展予防)と「予防」の概念が非常に重要となります。患者・行政を含めて、この予防という意識を徹底させたいというのが一つです。
それから「糖尿病は一度発症すると治癒しない」というネガティブなイメージがあります。たしかに現状はそうですが、治療によって限りなく治癒に近い状態に近づけることが可能です。最近の糖尿病治療の進歩がそれに寄与しています。さらに、いずれは再生医療などが糖尿病に取り入れられる可能性もあります。これらを踏まえて、糖尿病学会として「治癒」への挑戦を忘れてはいけないという想いを込めています。
――今回の学会で新たな糖尿病の診断基準が発表されますね。
今までの糖尿病診断基準では、空腹時血糖値、食後血糖値(OGTT値)、随時血糖値をもとに診断し、HbA1cは補助的な位置づけでしたが、HbA1cを3つの血糖指標と並列に置くこととしました。糖尿病は慢性高血糖を特徴とする疾患であり、HbA1cはその慢性高血糖状態の指標として世界的なゴールデンスタンダードです。日本でも糖尿病管理において広く用いられてきました。
しかし、検査の標準化が十分になされておらず、従来は世界的に見ても診断には採用されていませんでした。最近、この標準化が国際的に進んだことを受けて、2010年1月には米国糖尿病学会(ADA)もHbA1cを3つの血糖指標と並列におく診断基準を提唱しています。
もう一つ重要なことは、HbA1c値の標準化作業を進める中で判明したのですが、日本の値(JDS値)は国際的な値(NGSP値)より約0.4%低く出ることがわかりました。これは標準品のロットの問題で、実はJDS値の方が本当のHbA1c値に近い値を表しています。しかし多勢に無勢、NGSP値に統一し、HbA1c6.5%(NGSP値、JDS値では6.1%)以上を糖尿病の診断基準としました。今度の学会で承認を得て、2010年7月1日から実施される予定です。
――その結果、日本の糖尿病患者が急増することにはならないのでしょうか。
その心配はありません。厚労省が5年ごとに行っている糖尿病実態調査ではHbA1c6.1%以上を「糖尿病が強く疑われる人」としてきましたので。
――既に治療中の患者にとっては、HbA1cが0.4%上がるわけですから、急に血糖コントロールが悪化したと誤解されてしまうことになりませんか。
それを避けるため、しばらくはNGSP値、JDS値の両者を併記する予定です。その後、一定の移行期間を設けて、NGSP値に一本化したいと考えています。あくまで現在の案ですが、2012年4月からはNGSP値のみの表記に移行することを予定しています。
――患者にはHbA1c値の測定法が変わったことを伝え、今までどおりの管理を続ければいいということですね。最近、新機序の糖尿病治療薬が利用可能となり、糖尿病管理、特に薬物療法は今後変化が予想されます。
インクレチン関連薬が日本でも使用することができるようになり、その位置づけが今度の学会で広く浸透するのではないかと思います。会長講演で「糖尿病管理のあり方を考える-薬物介入パラダイムの理想を求めて」というテーマで話します。近年の臨床試験によるエビデンスから、より早期に良好な血糖コントロールを得ることの重要性が強調されていますが、DPP-IV阻害薬などは、早期介入のための効果的な手段となりうると考えています。HbA1cが6%台で低血糖リスクや体重増加リスクなどからSU薬の使用がためらわれるような患者に適しているのではないかと思います。
私の持論ですが、糖尿病の薬物療法を行うにあたって「安全に長期に良好な血糖コントロールを維持できる手段は何か」ということを常に念頭に置いて考えることが必要です。いくら血糖値を下げることができても、安全に長期にわたって治療できなければ意味がありません。糖尿病は長い経過をたどる疾患であり、患者のQOLを守り、合併症を予防することが最終的なゴールですから。
――今回の新たな試みとして、「ディベート」のセッションが設けられました。高齢者に対する厳格な血糖管理の是非や、糖尿病腎症進展抑制のための厳格な蛋白制限の是非など、臨床上、興味深い15のテーマが並んでいます。
「ディベート」は問題点を掘り下げるのに最もいい方法だと考えています。講演では一方通行の情報しか伝えられません。ディベート演者の先生には自分の考えは捨てていただき、恣意的に両極端の立場を取って議論を闘わせてもらいます。その結果、いまだエビデンスが確立されておらず、意見の一致を見ないテーマに関して問題点がはっきり浮き彫りになります。どちらが正しいかという勝ち負けが目的ではありません。海外ではこのようなセッションが多く設けられていますが、まだ日本ではそれほど多くないですね。
――なかでもお勧めのセッションはありますか。
虚血性心疾患合併糖尿病患者に対する運動療法の是非など、自分が興味ある問題を取り上げましたので、すべてお勧めです。28日のディベート「2型糖尿病に対するインスリン導入法-BOT vs. 強化療法」では、海外からこのようなディベートセッションの得意な演者を招き、模範的なディベートをしていただく予定です。彼らのディベートは身振り手振りを交えて役者のように見事に演じますので、会場に足を運んでいただければと思います。
――その他に今回のプログラムで特徴はありますか。
欧州糖尿病学会(EASD)との合同シンポジウム第1回を最終日に行います。来年以降は、日本糖尿病学会とEASDのそれぞれの年次学術集会に合わせて交互に合同シンポジウムを開催する予定です。
また、多くの先生方が日頃の研究成果を発表できる場を十分に提供するために、一般口演の比率を大幅に増やしたことも特徴です。計1871題の一般演題がありますが、そのうちのおよそ6割が口演です。今までは7割がポスター発表でした。このように多くの先生に発表の機会を与えることは、学会の本来の役割だと考えています。
それらの多くの発表に対して、参加者のアクセスしやすさを高めるため、会場は岡山駅の周辺に限り、徒歩で移動できる範囲に収めました。さらに、なるべく立ち見とならないよう、すべての会場が300人以上収容できるようにしました。
――聴講者が会場からあふれてしまうこともありますので、うれしい配慮だと思います。
モーニングランも今回が初めての企画です。最終日29日の早朝、学会参加者と一般市民がともに岡山市内の後楽園(日本三大庭園の一つ)を周回するコースを走り、参加者の交流の場としたいと考えています。このモーニングランに参加いただいた方には、記念のTシャツを配布する予定です。このような試みが柔軟に行えることは、地方都市開催のメリットだと思います。
さらに当日受付の手間を省くため、学会として初めて事前登録制度を取り入れました。事前登録者にはインセンティブとして、参加費を12000円から10000円に2000円ディスカウントし、ランチョンセミナーあるいはイブニングセミナーの優先券1日1枚を発行しました。その結果、4、5000人程度から事前に登録を受け付けています。
――注目発表や初の試みなど、今回の糖尿病学会は見所が多いですね。
今まで学会のあるべき姿として蓄えてきたアイデアをすべて出しました。一人でも多くの医師、コメディカルそして市民の皆様に参加いただければと思います。
プロフィール
加来 浩平(かく こうへい)
1948年生まれ。1973年山口大学医学部卒業、1977年山口大学大学院医学研究科修了。1982年山口大学医学部講師(第三内科)、1986年-1988年米国・ワシントン大学内科代謝部門研究員、1990年山口大学医学部助教授(第三内科)、1995年ノボノルディスクファーマ開発本部長、1998年川崎医科大学教授(糖尿病・代謝・内分泌内科)、2002年川崎医科大学副院長(兼務)。
会長インタビュー
HbA1c採用の糖尿病診断基準を発表-第53回日本糖尿病学会会長・加来浩平氏に聞く
初の試み「ディベート」で臨床の問題点を浮き彫りに
2010年5月13日 聞き手・伊藤 淳(m3.com編集部) カテゴリ:内分泌・代謝疾患
5月27日-29日、岡山県岡山市にて『第53回日本糖尿病学会年次学術集会』が開催される。川崎医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科教授の加来浩平氏が会長を務め、テーマは「革新する糖尿病学-予防と治癒へのあくなき挑戦」。今回の糖尿病学会は、新たな糖尿病診断基準の発表など、多くの注目トピックスがある。加来氏に今学会の見所・特徴や糖尿病薬物療法の考え方などを伺った(2010年5月10日にインタビュー)。
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――まず、今回のテーマ「革新する糖尿病学-予防と治癒へのあくなき挑戦」に込められた想いをお伺いします。
糖尿病は患者数の急増が見られる生活習慣病です。糖尿病と診断された患者は、治療せずに放置すると合併症を高率に発症します。そのため、一次予防(糖尿病の発症予防)、二次予防(合併症予防)、三次予防(合併症の進展予防)と「予防」の概念が非常に重要となります。患者・行政を含めて、この予防という意識を徹底させたいというのが一つです。
それから「糖尿病は一度発症すると治癒しない」というネガティブなイメージがあります。たしかに現状はそうですが、治療によって限りなく治癒に近い状態に近づけることが可能です。最近の糖尿病治療の進歩がそれに寄与しています。さらに、いずれは再生医療などが糖尿病に取り入れられる可能性もあります。これらを踏まえて、糖尿病学会として「治癒」への挑戦を忘れてはいけないという想いを込めています。
――今回の学会で新たな糖尿病の診断基準が発表されますね。
今までの糖尿病診断基準では、空腹時血糖値、食後血糖値(OGTT値)、随時血糖値をもとに診断し、HbA1cは補助的な位置づけでしたが、HbA1cを3つの血糖指標と並列に置くこととしました。糖尿病は慢性高血糖を特徴とする疾患であり、HbA1cはその慢性高血糖状態の指標として世界的なゴールデンスタンダードです。日本でも糖尿病管理において広く用いられてきました。
しかし、検査の標準化が十分になされておらず、従来は世界的に見ても診断には採用されていませんでした。最近、この標準化が国際的に進んだことを受けて、2010年1月には米国糖尿病学会(ADA)もHbA1cを3つの血糖指標と並列におく診断基準を提唱しています。
もう一つ重要なことは、HbA1c値の標準化作業を進める中で判明したのですが、日本の値(JDS値)は国際的な値(NGSP値)より約0.4%低く出ることがわかりました。これは標準品のロットの問題で、実はJDS値の方が本当のHbA1c値に近い値を表しています。しかし多勢に無勢、NGSP値に統一し、HbA1c6.5%(NGSP値、JDS値では6.1%)以上を糖尿病の診断基準としました。今度の学会で承認を得て、2010年7月1日から実施される予定です。
――その結果、日本の糖尿病患者が急増することにはならないのでしょうか。
その心配はありません。厚労省が5年ごとに行っている糖尿病実態調査ではHbA1c6.1%以上を「糖尿病が強く疑われる人」としてきましたので。
――既に治療中の患者にとっては、HbA1cが0.4%上がるわけですから、急に血糖コントロールが悪化したと誤解されてしまうことになりませんか。
それを避けるため、しばらくはNGSP値、JDS値の両者を併記する予定です。その後、一定の移行期間を設けて、NGSP値に一本化したいと考えています。あくまで現在の案ですが、2012年4月からはNGSP値のみの表記に移行することを予定しています。
――患者にはHbA1c値の測定法が変わったことを伝え、今までどおりの管理を続ければいいということですね。最近、新機序の糖尿病治療薬が利用可能となり、糖尿病管理、特に薬物療法は今後変化が予想されます。
インクレチン関連薬が日本でも使用することができるようになり、その位置づけが今度の学会で広く浸透するのではないかと思います。会長講演で「糖尿病管理のあり方を考える-薬物介入パラダイムの理想を求めて」というテーマで話します。近年の臨床試験によるエビデンスから、より早期に良好な血糖コントロールを得ることの重要性が強調されていますが、DPP-IV阻害薬などは、早期介入のための効果的な手段となりうると考えています。HbA1cが6%台で低血糖リスクや体重増加リスクなどからSU薬の使用がためらわれるような患者に適しているのではないかと思います。
私の持論ですが、糖尿病の薬物療法を行うにあたって「安全に長期に良好な血糖コントロールを維持できる手段は何か」ということを常に念頭に置いて考えることが必要です。いくら血糖値を下げることができても、安全に長期にわたって治療できなければ意味がありません。糖尿病は長い経過をたどる疾患であり、患者のQOLを守り、合併症を予防することが最終的なゴールですから。
――今回の新たな試みとして、「ディベート」のセッションが設けられました。高齢者に対する厳格な血糖管理の是非や、糖尿病腎症進展抑制のための厳格な蛋白制限の是非など、臨床上、興味深い15のテーマが並んでいます。
「ディベート」は問題点を掘り下げるのに最もいい方法だと考えています。講演では一方通行の情報しか伝えられません。ディベート演者の先生には自分の考えは捨てていただき、恣意的に両極端の立場を取って議論を闘わせてもらいます。その結果、いまだエビデンスが確立されておらず、意見の一致を見ないテーマに関して問題点がはっきり浮き彫りになります。どちらが正しいかという勝ち負けが目的ではありません。海外ではこのようなセッションが多く設けられていますが、まだ日本ではそれほど多くないですね。
――なかでもお勧めのセッションはありますか。
虚血性心疾患合併糖尿病患者に対する運動療法の是非など、自分が興味ある問題を取り上げましたので、すべてお勧めです。28日のディベート「2型糖尿病に対するインスリン導入法-BOT vs. 強化療法」では、海外からこのようなディベートセッションの得意な演者を招き、模範的なディベートをしていただく予定です。彼らのディベートは身振り手振りを交えて役者のように見事に演じますので、会場に足を運んでいただければと思います。
――その他に今回のプログラムで特徴はありますか。
欧州糖尿病学会(EASD)との合同シンポジウム第1回を最終日に行います。来年以降は、日本糖尿病学会とEASDのそれぞれの年次学術集会に合わせて交互に合同シンポジウムを開催する予定です。
また、多くの先生方が日頃の研究成果を発表できる場を十分に提供するために、一般口演の比率を大幅に増やしたことも特徴です。計1871題の一般演題がありますが、そのうちのおよそ6割が口演です。今までは7割がポスター発表でした。このように多くの先生に発表の機会を与えることは、学会の本来の役割だと考えています。
それらの多くの発表に対して、参加者のアクセスしやすさを高めるため、会場は岡山駅の周辺に限り、徒歩で移動できる範囲に収めました。さらに、なるべく立ち見とならないよう、すべての会場が300人以上収容できるようにしました。
――聴講者が会場からあふれてしまうこともありますので、うれしい配慮だと思います。
モーニングランも今回が初めての企画です。最終日29日の早朝、学会参加者と一般市民がともに岡山市内の後楽園(日本三大庭園の一つ)を周回するコースを走り、参加者の交流の場としたいと考えています。このモーニングランに参加いただいた方には、記念のTシャツを配布する予定です。このような試みが柔軟に行えることは、地方都市開催のメリットだと思います。
さらに当日受付の手間を省くため、学会として初めて事前登録制度を取り入れました。事前登録者にはインセンティブとして、参加費を12000円から10000円に2000円ディスカウントし、ランチョンセミナーあるいはイブニングセミナーの優先券1日1枚を発行しました。その結果、4、5000人程度から事前に登録を受け付けています。
――注目発表や初の試みなど、今回の糖尿病学会は見所が多いですね。
今まで学会のあるべき姿として蓄えてきたアイデアをすべて出しました。一人でも多くの医師、コメディカルそして市民の皆様に参加いただければと思います。
プロフィール
加来 浩平(かく こうへい)
1948年生まれ。1973年山口大学医学部卒業、1977年山口大学大学院医学研究科修了。1982年山口大学医学部講師(第三内科)、1986年-1988年米国・ワシントン大学内科代謝部門研究員、1990年山口大学医学部助教授(第三内科)、1995年ノボノルディスクファーマ開発本部長、1998年川崎医科大学教授(糖尿病・代謝・内分泌内科)、2002年川崎医科大学副院長(兼務)。