日々

穏やかな日々を

菅首相「脱原発依存」

2011年07月14日 10時54分35秒 | 

自民「ポピュリズム」 社民は「英断」と絶賛
産経新聞 7月14日(木)7時57分配信

 自民党の石破茂政調会長は13日夜、菅直人首相が「脱原発依存」の方針を表明したことについて「『将来的に原発をゼロにする』と言い切ったが、そこに至るまでの道のりが示されなければ、大きな疑念を抱かざるを得ない。単なるポピュリズムにしかならない」とのコメントを発表した。

 一方、社民党の福島瑞穂党首は「英断だ。自民党ならこの段階で『原発に依存しない社会』とは言えなかった」と絶賛した。



ちらっと見たニュースに上記の事をいう菅首相が映っていた
「えっ?」
我が目と耳を疑った。
たまたま垣間に目に入ったニュース
たまたまの誕生日が昨日の日
なんというすてきな贈り物か

あるマンションビルの屋根をみな太陽熱発電の装置をを付けて
そこに住む住人の家庭電気をみんなまかなうようにした
電気代は10円とか0円
かつ電気を電力会社に売っているという状況
なんといいことか

いいニュースです

石破さんはいけませんね
「脱原発依存」の発言をポピュリズムとか
その外国語の意味は知らないけれど
細かいことを決めないことはいいことで
はじめに結果、ゴールをはっきり明言して
そこに走っていくことは
経済畑ではよくあることであって
リーダーの姿勢としておおいにOKなのであって
「そこに至るまでの道のりが・・」
簡単に示されるものならば
こんな地球の破壊はなかったかと

少し人間が信じられるようになったX歳の誕生日であった
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昨日誕生日の日記より

2011年07月14日 10時52分33秒 | 私自身や健康
誕生日の所感
今日は、はからずも、私の誕生日で・・
朝、お祝いの、楽しい動画の入ったメールをいただく
はからずも、娘の二人目の子が5月13日生まれで
今日はまる二ヶ月ねと思って起きたので
自分のことはすっかり忘れていた。

さて、何歳になったのか?
66歳から年を取るのは止めたので
メールを送っていただいた方からは
えっくす歳=X歳おめでとうといただく

最近医療被曝の不安を訴えるお方があり
私自身も肺CTを撮る時、放射線量のこともあるので、3ヶ月後に撮りましょうと言われた

医療被曝にはしきい値はなく
治療には高放射線量で実施されていて
たかがCTでと思ったけれど
撮るか否かの判断は医師先生にお任せされている

病気の診断に治療に、エックス線は大いにその力を出して
がん発見や治療に大いに活躍している・・
いまやがん罹患者は日本人は二人に一人
早期発見して、癌をやっつけた人たちのなんて多いことかと思ってしまう・・
死因の3分の1は癌だし・・

福島原発の長期の被ばく
食品や大気の中に混じって
放射性物質が日本全国を覆っていて
国民は不安であり
牛肉もますます食べにくくなり

放射線量の数値ばかりが空を飛んで
だからどうなのってことは
だあれも、なんにも、言ってくれていない
医療的な情報のでは
確かな証拠がないとなにもいえないかもしれないし
ある老人はあれだけ長崎広島が壊滅をうけても
90歳まで生きた方もいるとはなはだ楽観視もされていて
だからといってどうするの?って思えば
どうもならなく
それが現実かもしれなく・・

本日の誕生日は
これからの子孫のことを思えば
ますます心配なので、年を取らずに長生きできたらと
思うのであります

さっさと死ぬわけにはいかないということです

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過去の日記より

2011年07月14日 10時52分06秒 | 私自身や健康

歌シンドローム

天頂に
白き月かげ浮かびたる
雲ひとつなし
宍道湖の朝


いっぺんに
散り落ちいたるケヤキかな
もみじ葉の赤
夕に舞い散れ

~古い手帳にめもった歌あり~



今月ももうすぐ終了
カレンダーの俳句より

名月を
取ってくれろと
泣く子かな
            一茶

昔は子ども時代から
月に恋していたんかな~
なんて思ったりする。
子はまんまるお月さんを
どう
見ていたんだろ?
ただきれいだからほしがったのかな~


いい日旅立ち 夕焼けをさがしに
母の背中で聞いた歌を道づれに
ああ 日本のどこかに 私を待ってる人がいる
いい日旅立ち しあわせをさがしに
子どもの頃に歌った 歌を道づれに
雪解けまじかの北の空に向かい
過ぎ去りし日々の夢を叫ぶとき
帰らぬ人たち あつい胸をよぎる
せめて今日から一人きり 旅に出る
ああ 日本のどこかに 私を待ってる人がいる

10月に孫に会いに行くことになる
大阪の妹のうちに集合となった
妹はうたがうまいから カラオケ行くといいね
孫がびっくりするかな~\(-o-)/

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さみしい町村合併

2011年07月14日 10時46分59秒 | 
出雲市と合併する斐川町 消えゆく町の地誌発行 島根
産経新聞 7月13日(水)7時55分配信

 ■島根大生が取材、編集

 島根大教育学部は12日、出雲市と10月1日に合併する斐川町の歴史や産業などの特色をまとめた「斐川町地誌」を発刊した。取材、編集したのは学生たちで、作野広和准教授が指導する「地誌学概説」の一環として、地域の実態を的確に把握しようと取り組んだ。同学部は「消えゆく自治体に関心を持ってもらえれば」と期待している。

 地誌学概説では平成10年度から毎年、1地域を取り上げ地誌書を作成。今年度は22人の学生が、斐川町の文化財や観光、生活環境、学校教育など1人1テーマを担当した。4月に町内を視察した上で役場での調査などを進め、6月中旬に完成させた。

 A4判で181ページ。「農業・畜産業」の項目では、ほ場整備率99%の恵まれた農業生産基盤を利用し水稲や麦、大豆など県内屈指の農業生産地域となっていることを紹介している。「出雲市との合併」の項目では合併の経緯を年表にまとめ、新市の財政計画を表にして、分かりやすい内容に仕上げた。

 斐川町出身で2年の森山唯さん(20)は「調べる中で斐川町に育てられてきたことを実感した」と感想。町教育委員会の石倉奈津江さんは「外から見た斐川町の姿がうまくまとめられている」と評価した。

 町内の図書館や公民館、学校などに配り、10冊程度は希望者に無料提供。問い合わせは作野准教授の研究室((電)0852・32・6107)。

簸川郡大社町生まれの父
簸川郡斐川町の中学校はバレーボールが超うまかった
思い出いっぱいの小さな街たち
ヒカワという地名はなんらかのところに残っても簸川郡はなくなっていく
さびしい
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がん知らぬまま

2011年07月14日 10時46分01秒 | 
宮尾すすむさん死去、がんを知らぬまま
デイリースポーツ 7月13日(水)21時2分配信

 司会やリポーターとして活躍したタレントの宮尾すすむ(みやお・すすむ 本名山口進=やまぐち・すすむ)さんが12日午後2時56分、肺炎のため都内の病院で亡くなた。77歳だった。宮尾さんは6月中旬、体調不良を訴え、入院。検査の結果、食道がんが発見された。家族には余命3カ月が宣告されていたが、本人はがんに侵されていることを知らぬまま、入院生活を送り、先週末になって容態が悪化、そのまま帰らぬ人となった。

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