温泉クンの旅日記

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亡者踊り ④

2006-07-05 | 旅行記
  < 亡者踊り 第4章 きたかさっさあ >

 篝火が炎を上げだした。

 いよいよ始まるのだ。六時半からは子ども中心の踊りである。
 あちこちの電柱に設置されたスピーカーから大音量の秋田音頭が流れだす。秋田
音頭といっても、よく聞くものとは若干細部が違う。
 きたかさっさー、ほい、さっさー、ちょいな。これが秋田音頭の軽妙な合いの手
だ。

 きたかさっさー、フッフゥー。きたかさっさー、あっ、どっこいな。ああ、それ
それ。こちらが西馬音内のテンポある、底抜けに明るい掛け声である。
 太鼓や笛や鉦、三味線の音も一段と大きくなった。
 この秋田音頭が他の音楽に変わったらスタートだ。そう思っていた。
 道の篝火に近い観衆から歓声があがった。どうやら始まったらしい。

(あれれ、秋田音頭でやる盆踊りだったのか・・・)

 てっきり、越中八尾の風の盆のような、踊りのための音曲は哀調を帯びた音楽を
ずっと想像していたのだ。思い込みが強いのである。
 踊り浴衣を着た小さな女の子たちがだんだん視界にはいってきた。歌舞伎の黒子
のように、顔をひこさ頭巾と呼ばれる黒い布で隠している。目の部分にふたつ小さ
く眼穴をあけてある。彦三頭巾と書くらしい。顔をだしている子もいるようだ。
前に観客が立ち始めたので踊りはよくみえなかった。

 浴衣は同じ色合いも何人かいるが特に統一されていない。時代物の布を使った、
端縫い衣裳で踊るひとはいまのところ見えない。
 小さな女の子のあとに、大人の女性が続いて踊る。
 こちらはピンと両端がはねた大振りの笠をかぶっている。阿波踊りや風の盆の笠
よりはだいぶ大きめだ。阿波踊りの笠だったら耳がみえるし、眼元まですこしは見
える。大きめの笠は遠くからみていると、ジャンボ餃子みたいに見えないこともない。

 底抜けに明るいアップテンポの秋田音頭と面白い地口唄、異様なひこさ頭巾に
ジャンボ餃子、そして典雅ともいえる踊り。あまりのミスマッチに思わずプププと
噴出しそうになる。



 踊りは、静かな舞いのような動きである。
 剣道や合気道などの武道の演武のようでもある。流れるような踊りが転瞬、白刃
の剣を寸止めするようにピタリと静止する。その止めたときの、浴衣から伸びた腕
の形が実に見事できれいだ。腕が振り下ろされるときに、笠がかたむき、ハッとす
るような白い襟足がこぼれてみえる。うーん、思わずみとれてしまう。

 一時間ほどすると不思議なことに、秋田音頭がまったく気にならなくなってき
た。
 何人か地口の唄い手がいて、代わる代わるそれぞれが即興で唄うのだが毎回各自
の持ち歌が同じため、耳に慣れてくるのだ。
 いろはにほへとちりぬるをは昔の話です、で始まる太い声のひと。西馬音内の
言葉はいやらしく聞こえる、とか唄って聞き取れない西馬音内方言をひとしきり
唄う渋い声のひと。不況をぶっとばそーなどと景気の話をいれるひとなど、三回り
を過ぎたころから、急速に耳がなじんでくる。

 合いの手も、聞いているうちに爽快感を感じるようになった。笛太鼓鉦三味線な
どの鳴り物も耳が楽しんでいる。
 音楽と踊りの明暗ミスマッチで、あれほどプッと噴出してしまいそうだったの
が、嘘のようである。
 そうすると、踊りに集中できる余裕ができる。
 なかにハッとするほど踊りの名手がいたりする。このひとみたいな踊り手が増え
れば、この祭も盛大に盛り上がるだろう。商店の明りをもうすこし落とせばいい。
本会場はここでいいとして、第五会場ぐらいまで設置して・・・。などと、すっか
り主催者の西馬音内人になってたりする。
 
 なんか楽しくなってきた。

 宿の浴衣でもきてくればよかった。踊りの列にまぎれこめたかもしれない。ずっ
と立ちっぱなしであるが、脚もまったく気にならなくなった。
 太鼓や笛、鉦や三味線・・・盆踊りは、わたしのなかの氷河に深く埋もれて眠って
いるなにかを、すこしだけ溶かし覚醒する。いまきっと、わたしのなかで、ざわざ
わと忙しく日本人のルーツの血が騒ぎ巡っているのだろう。

 時計をみるとそろそろ九時に近い。

 盆踊りはこれからが佳境であるが、門限もちだからここはスッパリあきらめるし
かない。またここに来る予感もあった。このつぎは門限なしの宿、そしてまじかに
鑑賞できる有料席にしよう。
 踊りの舞台となっているところを通れないから、駐車場に行き着くためには裏道
を探さないといけない。
 スーパーの駐車場の裏手にいくと道があったので辿る。
 浴衣姿の地元のひとを追うように歩く。かなり暗い。それは、わたしが子どもの
ころの夜の道であった。

 ところどころの堤燈が、黒い夜の断片を明るく溶かしている。

 前方に明るい一角があった。体育館のようなところの広い駐車場でも踊りをやっ
ている。テントがあり、屋台もいくつか出ている。屋台の前のテーブルと椅子は
満員の客で占められていた。
 しかしこの二、三時間に「きたかさっさー」を何百回聞いたことだろう。笛太鼓
鉦の音とともに完璧に耳にこびりついてしまった。
 そのアップテンポのお題目のお陰で、頭も身体もすこし軽く感じる。それとも、
いにしえの亡者のナニカが、きたかさっさあーなのだろうか。あるいは、ナニカが
去ったのだろうか。

 わたしの血の流れのなかに、祭のざわめきと興奮の余韻がまだある。
 
 屋台の前で足をとめた。逡巡。決断する。
「あのー、これひとつください」
 全部買い占めようかと、一瞬眦決して真剣に思ったが、ひとつ首を振って打ち消
すとわたしは言った。
 作務衣を着た屋台の男が、ナンダたったの一個かよという眼でわたしの顔をみ
て、でかい声で復唱した。

「はーい。若返り饅頭をひとつですね」

 
     < 了 >

   →亡者踊り③はこちら
   →亡者踊り②はこちら  
   →亡者踊り①はこちら

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