5章 空の奥
風が霧に濃淡をつくる。
風が濡れそぼった広葉樹の葉をゆらして、溜めた雨のしずくが固まりとなって
道路に、車に降りかかる。ばしゃり、バシャーン。屋根ではじけるときに意外と
大きな音を生む。
岩手と青森の県境を越えると雨だけになる。八戸は大きな街だった。
三沢を通り過ぎ六ヶ所村へはいる。窓からの冷気もあって体が冷えた。
「日本で一番深い温泉」という「六ヶ所温泉」の看板を何度か目にして、なんだ
ろうと思っていたら途中にあったので試してみた。
入り口でどれぐらい深いんですか、と恐る恐る聞いたら、ボーリングした深さの
ことですといわれ笑われてしまった。二千数百メートル掘ったそうだ。温泉の泉質
表示がみつからなかったが、鉄分の多い塩化物泉というかんじで熱めで案外よかっ
た。昼を食べてなかったので受付の女性にどこかないかと聞くと、閉まったばかり
の二階と話をつけてくれた。麺類だけなら作れるとのことである。その二階の食事
どころでたべた味噌ラーメン、ふつうのオバサンが作っているのだが、これがもう
ジツに本格的でいやーウマかった。
六ヶ所村を突きぬけ菜の花で有名な横浜にでる。そこから大間にむかう。時速は
七十から八十ぐらいのストレスのない、眠気を催さない理想の速度で走らせる。
まあわたしの場合の理想速度であるけれど。
雨がまた強くなってきた。
強い雨のなかを、走りやすいので中型トラックを一定距離置いて追っていく。
今日は下風呂温泉か大間にある温泉のどちらかに泊まろう。きっと明日は晴れる
だろう。
トラックの速度に合わせていたので、あっという間に下風呂温泉を通り過ぎて
しまう。まあ、いいか。大間の温泉センターのほうが安いので、直接そっちへ行っ
てみることにする。
大間の温泉センターへの道へも曲がりそこねてそのまま直進し、突き当りの大間
の港にでてしまう。
車をとめてぶらぶらとフェリー乗り場の事務所にはいった。みやげ物でもみて
みよう。
なんとなしに発着時刻表をみていると四時十分発のフェリーがある。あと十分
ほどで出発だ。そういえば事務所付近の駐車場には車がいない。桟橋に停泊する
船の後部があくびをするように口をあけていた。乗船開始を告げるアナウンスも
流れている。
窓口の女性に、いまから間に合いますかねえと冗談半分に訊いたら、ハイだいじ
ょうぶですよと言われて絶句し、次の瞬間頭の中が一瞬真っ白になった。
横浜から走行すること千二百キロ。
ようやく北端の地まで来たが爽快な青い空に辿り着けなかった。
どこまで行ってもピタリと忠実な犬のように雨が寄り添ってくる。
しかし、このフェリーに乗れば夕方には北海道にいるわけだ。探していた青空も
北海道でならきっと特大の涼やかな蒼空であろう。それも明日の朝に見られるの
だ。もしかしたら函館は青空で、今日のうちに見られるかもしれない。
気にする上役も、埋め尽くされたスケジュール表などいまの自分にはないのだ。
下風呂も大間も、今日の旅館はまだ予約していない。自由につかえる時間だけは
たっぷりある。青空に出逢えるまでひたすら北上すればいい。迷うな。心の壁に
張り付いた鬱が黴がきれいさっぱり洗われればそれで充分じゃないか。着替えも
持ち合わせが少ないが函館の銀行で降ろせばなんとでもなる。家にはフェリーから
連絡できる。行け、行くんだ。
連綿と永遠と続くこの薄汚い雲の連なりの、空の奥へ。
そんな、あれこれが真っ白な頭の中を光速で駆け巡り、ひとつの答えに集中し
殺到した。
「すいません、オレ、この船に乗りますから」
すぐ来ますから。窓口にそう怒鳴ると、書類を記入するために車検証をとりに
車に全力で走った。
→空の奥④はこちら
風が霧に濃淡をつくる。
風が濡れそぼった広葉樹の葉をゆらして、溜めた雨のしずくが固まりとなって
道路に、車に降りかかる。ばしゃり、バシャーン。屋根ではじけるときに意外と
大きな音を生む。
岩手と青森の県境を越えると雨だけになる。八戸は大きな街だった。
三沢を通り過ぎ六ヶ所村へはいる。窓からの冷気もあって体が冷えた。
「日本で一番深い温泉」という「六ヶ所温泉」の看板を何度か目にして、なんだ
ろうと思っていたら途中にあったので試してみた。
入り口でどれぐらい深いんですか、と恐る恐る聞いたら、ボーリングした深さの
ことですといわれ笑われてしまった。二千数百メートル掘ったそうだ。温泉の泉質
表示がみつからなかったが、鉄分の多い塩化物泉というかんじで熱めで案外よかっ
た。昼を食べてなかったので受付の女性にどこかないかと聞くと、閉まったばかり
の二階と話をつけてくれた。麺類だけなら作れるとのことである。その二階の食事
どころでたべた味噌ラーメン、ふつうのオバサンが作っているのだが、これがもう
ジツに本格的でいやーウマかった。
六ヶ所村を突きぬけ菜の花で有名な横浜にでる。そこから大間にむかう。時速は
七十から八十ぐらいのストレスのない、眠気を催さない理想の速度で走らせる。
まあわたしの場合の理想速度であるけれど。
雨がまた強くなってきた。
強い雨のなかを、走りやすいので中型トラックを一定距離置いて追っていく。
今日は下風呂温泉か大間にある温泉のどちらかに泊まろう。きっと明日は晴れる
だろう。
トラックの速度に合わせていたので、あっという間に下風呂温泉を通り過ぎて
しまう。まあ、いいか。大間の温泉センターのほうが安いので、直接そっちへ行っ
てみることにする。
大間の温泉センターへの道へも曲がりそこねてそのまま直進し、突き当りの大間
の港にでてしまう。
車をとめてぶらぶらとフェリー乗り場の事務所にはいった。みやげ物でもみて
みよう。
なんとなしに発着時刻表をみていると四時十分発のフェリーがある。あと十分
ほどで出発だ。そういえば事務所付近の駐車場には車がいない。桟橋に停泊する
船の後部があくびをするように口をあけていた。乗船開始を告げるアナウンスも
流れている。
窓口の女性に、いまから間に合いますかねえと冗談半分に訊いたら、ハイだいじ
ょうぶですよと言われて絶句し、次の瞬間頭の中が一瞬真っ白になった。
横浜から走行すること千二百キロ。
ようやく北端の地まで来たが爽快な青い空に辿り着けなかった。
どこまで行ってもピタリと忠実な犬のように雨が寄り添ってくる。
しかし、このフェリーに乗れば夕方には北海道にいるわけだ。探していた青空も
北海道でならきっと特大の涼やかな蒼空であろう。それも明日の朝に見られるの
だ。もしかしたら函館は青空で、今日のうちに見られるかもしれない。
気にする上役も、埋め尽くされたスケジュール表などいまの自分にはないのだ。
下風呂も大間も、今日の旅館はまだ予約していない。自由につかえる時間だけは
たっぷりある。青空に出逢えるまでひたすら北上すればいい。迷うな。心の壁に
張り付いた鬱が黴がきれいさっぱり洗われればそれで充分じゃないか。着替えも
持ち合わせが少ないが函館の銀行で降ろせばなんとでもなる。家にはフェリーから
連絡できる。行け、行くんだ。
連綿と永遠と続くこの薄汚い雲の連なりの、空の奥へ。
そんな、あれこれが真っ白な頭の中を光速で駆け巡り、ひとつの答えに集中し
殺到した。
「すいません、オレ、この船に乗りますから」
すぐ来ますから。窓口にそう怒鳴ると、書類を記入するために車検証をとりに
車に全力で走った。
→空の奥④はこちら
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