『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。・・・(略)・・・』中学生のころ、有名な文学作品の冒頭の文章をいくつか暗記したものである。川端康成の「伊豆の踊子」と「雪国」の冒頭はだからいまでも空でいえる。川端康成はこの高半の「かすみの間」で名作「雪国」を昭和九年から三年間かけて執筆した。宿の建物は建て替えられたが「かすみの間」は高半に残っている。湯沢にある歴史民俗資料館には「駒子」のモデルになった芸者「松栄」が住んでいた部屋が再現されているそうだ。朝、ベランダに出ると朝日が正面左側から昇ってきて「えっ、北はどっちだっけか」と、一瞬見当識を失ってしまう . . . 本文を読む
すすきのといえば、「かすそばと國稀(くにまれ)」をセットで思いだすのだが、國稀ではこんな一夜もあった。あれは、野沢温泉に向かう前の晩だった。夕暮れをむかえた新潟の盛り場である古町をぶらぶら歩いて、裏通りで店構えにどこか良心的なものを感じてその店に飛び込んだ。あとで知るのだが、店名「安兵衛」の由来は、新潟新発田生まれの四十七士で有名な「堀部安兵衛」である。のれんの書は、同名の小説を書いたわたしも大好きなあの池波正太郎だそうだ。やはり縁はあるもの、と強く思う . . . 本文を読む
部屋の窓に広がる雪に鎧われた三国山脈の冬景色に息をのんだ。谷川岳を中心とした雪山が連なる驚嘆の眺めは、心に知らぬ間に積もった日常の煩わしいあれこれを綺麗さっぱり拭いさってくれる。越後湯沢温泉には十回近く訪れている。数が多いのは、新潟に出張するたび帰りに途中下車して一泊したからである。温泉街に飲食店が充実しているので、片泊りで安く宿泊できるせいもある。今回選んだ、温泉街のはずれの高台にある老舗宿「雪國の宿 高半」もやはり片泊まりにした。それなのに景観がこんなにもよい部屋を割り当てられたのはいかにも幸運である . . . 本文を読む
(やっぱり・・・ついに見つけたぞ!」焼きたてパンとか自家製パンとかの看板があるたび飛び込み探し続けること苦節ン十年、やっとコヤツに再会できた「懐かしいパン、売ってますね」「みんな『よく食べた、懐かしい』って、そう言って買っていくよ』おばあちゃんが笑いながら言った。「よく食べたなんてものじゃない。毎日食べてた」高校時代、横浜市内の学校の正門前にたしか「港南製パン」という名のパン屋があり、昼時には校内の食堂の一角に出来たてパンを持ち込んで売っていた。パンのなかでも、男子生徒のとりわけ一番人気が「揚げソーセージパン」だったのである。「えっ、毎日かい! それはそれは」
「とりあえず一個ください。 . . . 本文を読む
山のある風景を観るという優先順位第一位の<プランA>がだめでも落ち込むことはない。わたしにとって同格ともいえる<プランB>、温泉があるのだ。白馬の温泉は日帰りで三度ほどあちこちに入ったことがあるが、今日は泊りなのでたっぷり楽しむことができそうだ。山がもたらす豊饒な恵みを受けるのはそこに生きる動植物ばかりではなく、川に運ばれて遥か先にある海に生きる魚介類にも分け与える。温泉もその山が与えてくれる恵みのひとつである . . . 本文を読む
雪まで降って氷点下の寒さになると、同じくらい冷え込んだ札幌のすすき野で深夜に食べた「かすそば」をどうにも懐かしく思いだしてしまった。まずは國稀(くにまれ)を冷やで呑み、その店が三軒目でしとど酔っていたのだが、そんな状態でもあれはもうジツに旨かった。あれをまた食べたい・・・できればいますぐに。といって札幌へ行くわけにはいかない。首都圏でもないだろうか・・・。そう言えば誰かのブログの記事で読んだような気がするぞ。灰色の脳細胞を総動員してあちこちの記憶の棚をひっくり返して「板橋」というキーワードを探し出した。「板橋、かすそば」で検索したら、ジャーン! 見事ヒットした . . . 本文を読む
(残念である・・・)山が雲を纏っていて見えない。うーん、ちきしょうめ。雄大な山がある風景が好きだ。富士山のような独立峰も好きだが、立山連峰とかアルプスのような連峰ならもっといい。もともとは海のほうが好きだったのだが、旅を重ねるうちに心変わりしてしまった。生まれも育ちも横浜なので、市内には山と呼べない低い丘が多く海が近いせいもあるかもしれない。好きな風景は、ただただ観ているだけで心がじんわりとたしかに癒される。波でざわついていた湖面が鏡みたいにシーンと静まるように . . . 本文を読む
平日の昼時、木場の蕎麦屋「花村」はさながら戦場である。五十席余りの店内に、行列する客を片っ端から押し込んで三回転くらいさせちゃうのだ。相席は当たり前の、その注文の弾が雨あられと飛び交う戦場を、強記の女性スタッフたちが飛び回って仕切るのである . . . 本文を読む
いつも泊まっている温泉宿とはひと味違って、ひどく場違いな感じである。新潟から長野を旅してきたのだが、帰りに、たまにはずっと行っていない秩父でも寄ってみようと宿をとったのであった。温泉が良さそうで宿賃が安かったので選んだのだが、失敗だったかもしれない。秩父のスパ&リゾート施設「バイエル・星音の湯」には結婚式場、宿泊施設、日帰り温泉施設の三つがある。それにしても、温泉好きにはなんかもの凄いギャップがあるなあ・・・。この玄関口に、浴衣と下駄の出入りでは似合うまい . . . 本文を読む