

去年も曳山を紹介したが、一番から十四番まで全て紹介できなかったし、
紹介しても、雨でビニールを被せた曳山がほとんどだった。
そのため明確な姿で紹介した曳山が少なかったこともあり、
今年は是非とも真の姿を見たいと強く思っていた。
そんな気持ちで、今年はアルピノの先の高砂町の交差点で曳山を待った。
待つこと30分。独特な祭囃子と一緒に姿を見せたのが一番曳山の赤獅子である。
その光景に期せずして起こる歓声に胸が高鳴った。
■唐津くんち(1番曳山 赤獅子)
町名:刀町
製作年:文政2 ( 1819年 ) 9月
総高:約5.5m
重さ:推定1.6~1.8トン
製作担当者:石崎嘉兵衛
塗師:川添武右衛門
一番曳山。寛文年間 ( 1661~72年 ) から始まった唐津神社の神輿の御神幸には
右大臣や左大臣、天狗面や仁王像、「オドリヤマ」や笠鉾
( いずれも文献のみで形態は明確ではない ) などが随行してが、
文政2年に石崎嘉兵衛と川添武右衛門らが
巨大な獅子頭を乗せた出車(だし)を製作したことが曳山の始まりだと考えられている。
経済的にも豊かだった他の唐津町人も、これに影響を受け、競って自らの町内でも曳山を製作し、
唐津神社の「供日(くんち)」に奉納するようになっていった。
面は粘土で原型を作り、その上から良質な和紙約200枚を蕨煎(蕨を煎じて作った糊)で張り固め
(これを「一閑張」という)、2寸ないし3寸(約6~9㎝)の厚さになると中の粘土を取り出す。
その上から漆を塗り、金箔や銀箔などを施す。
他の曳山の製作技術も同様で、世界でも最大級の漆器といえる。
赤獅子の頭部には一本の角が据えられる。
また、一番山ということで一本角の後ろに交差する角を付けた板に白い紙を張り、
そこから稲妻状に折った和紙をふた筋垂らした御幣が3日のお旅所神幸時に立てられる。
【 見学時期 】 唐津くんち ( 11月2~4日 ) 曳山展示場 ( 通年 )
【 問い合わせ 】 唐津駅観光案内所 0955 ( 72 ) 4963