平戸島の千里ヶ浜の南の端に鄭成功にちなむ誕生石がある。
支那は明朝の忠臣 「 鄭成功 」 が1624年 ( 寛永元 ) 7月14日、
この岩の上で生まれたので誕生石と呼ばれている。
別名では、子もち岩といわれている。
成功の父、芝龍は支那は福建省の人で、平戸老一官と称し、
時の第28代藩主宋陽隆信の寵をうけ川内浦に住み、
浦人田川マツを娶り二子を生んだ。
二人に、福松と七左衛門と名付けた。
たまたま、母マツが千里ヶ浜に貝拾いにいき、
俄に産気づき家に帰る暇もなく、
浜の木陰の岩にもたれて出産した。
この男児こそ、福松少年であり、後の鄭成功である。