Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

「黄禍」の真意

2006-10-12 | 文学・思想
イスラム・西洋問題から、ユダヤ・西洋問題を挟んで、中国・西洋問題に至ったが、ここで「黄禍」と言われる人種問題に行き当たる。この言葉は、欧州圏では米国に比べて殆ど使われないが、その源泉は1900年7月プロイセン皇帝ヴィルヘルム二世が、ブレマーハーフェンにて、自慢の海軍を前にした演説にあるようだ。

大変面白いのは、「武器を取れ、そして今後千年間は中国人がドイツ人を横目で嫉ましそうに見ることのないようにしてやれ。」の節ではないだろうか。シアトルのイチロウ選手が韓国人に対して同じようなことを言ったとして問題になったと読んだ覚えがある。

ドイツ語圏では、これはアンチセミティズムと言うユダヤ人人種差別の言葉に比べ殆ど今では話題にならない用語で、もともと米国のように伝統的に中華人の移民が多くない欧州では、十分な社会的プロパガンダとなっていなかったとされる。これを欧州で本格的に使い出したのは日清・日露戦争の大日本帝国の勝利に欧州が震撼したときとされる。プロシアからロシアのツァーに届けられた仏陀の描かれたカリカルチャーが有名な様である。

現在では中共包囲網への隠れたスローガンであったり、ここ暫くでは台湾のベンキューと言う会社のミュンヘンにある元ジーメンス携帯電話工場の閉鎖通告のときに思いつく言葉であろうか。これは、1980年代の日本企業の米国での買占め騒動にいくらか相当する。「黄禍」の人種主義的な言葉使いは悪いが、その真意は現在でも通用する。

それは、なぜなのか?その説明に当たる部分を政治学者の故丸山真男氏の著書から引用する。

「ヨーロッパにおいては神聖ローマ帝国に具象されたキリスト教的世界共同体の解体のなかから、近代の主権的国民国家が生誕した。したがって、そこでは諸国家を包括する一つの国際社会の存在ということが自明の事実であり…ところが…日本はこのような国際社会からではなくして、むしろそのなかへ引き入れられることによって、近代国家としてスタートを切った。…そうした国際社会に対して自己を閉ざされた統一体として自覚することを意味した。…このパラドックスに、…悲劇の素が横たわっていた。…中国がこの状況に逆説的性格を真に自覚したのは日本よりずっと後だった。」

この見解に即して実証と反証の例をみて行く。(続く


写真はヴァイマール共和制末期のドイツ帝国のポスター。国民経済状況が逼迫した1930年代前半と思われる。



参照:国際法における共謀罪 [ 歴史・時事 ] / 2006-05-23
コメント (2)
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