朝一番に新鮮なパンを取りに行った。予定通りの行動で、そのために早めにベットに入ったようなものだ。月曜日はイヴで午前中だけなので、来週木曜日までの食料を調達しておかなければいけない。特に野菜類は、直前になるとまともなものは残らなくなる。
八百屋で、予算の倍もつぎ込んで様々な野菜や果物を調達した。これで、まあ暫らくは大丈夫だろう。車で向かう途中、外気温は摂氏マイナス6.5度まで下がっていたが、これほど乾燥した冷気は気持ち良い。色々と思い浮かべるのだが、これだけ快適な冷気は初めてである。樹氷もその分神秘的な軽やかさがあって美しい。このまま晴れてくれると嬉しい。
その空気のお蔭でブロートヒェンもサクサクしていて、バターをつけるだけでなにも要らない。買いたての半熟卵一個で二個も食してしまった。久しぶりに美味いブロートヒェンを食して、またして亡くなったマイスターの天候に合わせた匙加減の腕前を思い出す。こうした幸運な冬至である。
ここ暫らく目が疲れることはなかった。何故だろう。物を読む時間が少なかった訳でもないと思うのだが、むしろVIDEOなどは見る機会が多かった。戸外が霜で明るくなっていて室内も明るかったのは事実であるが。
先日、買い物ついでに町の近くのワイン地所をはじめて歩いた。ミヒャエルスカペレと呼ばれるチャペルの丘に小さなグランクリュ地所がある。嘗ては、町からゴンドラが出ていたが今はもう無い。そこに上がると細尾根でへーレンベルクと呼ばれるやはりグランクリュの地所へと繋がっている。
しかし、歩いてみて大変失望した。歩道の脇はゴミだらけで、観光客や土地の年寄りが漫ろ散歩していて、ワイン作りの清潔さとは程遠い。更に、尾根の上の石垣などに火山性の岩が露出しており、いかにも不味そうなのである。
ヘーレンベルクは決して悪いワイン地所ではないが、その程度だと改めて認識した。要は、一般的に少しの丘は土壌的にも興味深い断面をみせるのであり、日照時間の長さも有利に働く。ボルドーのメドックなどの海につき出た半島を例外とすると平地には良い葡萄は育たない。そうした平地の土壌の水捌けなどは歩いていても悲惨なものである。
しかし丘と言っても様々である。ここでも一度触れたが、墓場の下の土壌は人間の骸から湧き出る水が良いカルシウムなどを抽出すかもしれないが、最近は有害な無機物質を特に臨終の患者などは医療のために多く体にしみこませているだろうから、こうした土壌汚染は避けられないかもしれない。やはり、出来る限り水質も保全されている清潔な葡萄畑の方が良いのである。
その点から言っても、一級の地所とそれ以外の地所の差は歴然としていて、一級の地所は資本のある地主が歴代しっかりと所有権を抑え、そうでないところは小作農業者が区画を整理できずに葡萄栽培をしていることが多い。つまり、こうした規模の地所では水質土壌の汚染はどうしても進み易いのである。これは、農業経済的な現実でもある。幸い、ここプファルツはモーゼルのように人跡未踏の危険な斜面にアクロバット宜しく葡萄を栽培する不都合はないので、その経済格差は栽培される葡萄の好悪としてのワインの品質の差としてのみ表れる。
そのような現実から、同じワインの地所を散歩するにしても、第一級のグランクリュの地所とそれ以外の地所を比べると快適さは格段に異なる。これが現実なのである。
ルッパーツベルクの地所を散策した。ホーヘブルクと呼ばれる台地から、南へ向かって行くとガイスビュールと呼ばれるブルックリン・ヴォルフの独占地所がある。そのワインは、超一級ではないがルッパーツベルクを代表する質の良い奥行きのあるワインであることには違いない。そこを、より丘上のホーヘブルクから歩いていく。日陰は霜で真っ白である。夏も台地を風が抜けそうである。
その端の南側がリンツェンブッシュと呼ばれる地所となっている。ここでも注目した土壌で、そのワインはおかしな味がする。クリストマン醸造所のために作業中の爺さんに声をかけた。枝払いをしているところで、一本もしくは二本だけ残しておくと来年はそこからまた力強く芽が吹き出てくるのである。
八百屋で、予算の倍もつぎ込んで様々な野菜や果物を調達した。これで、まあ暫らくは大丈夫だろう。車で向かう途中、外気温は摂氏マイナス6.5度まで下がっていたが、これほど乾燥した冷気は気持ち良い。色々と思い浮かべるのだが、これだけ快適な冷気は初めてである。樹氷もその分神秘的な軽やかさがあって美しい。このまま晴れてくれると嬉しい。
その空気のお蔭でブロートヒェンもサクサクしていて、バターをつけるだけでなにも要らない。買いたての半熟卵一個で二個も食してしまった。久しぶりに美味いブロートヒェンを食して、またして亡くなったマイスターの天候に合わせた匙加減の腕前を思い出す。こうした幸運な冬至である。
ここ暫らく目が疲れることはなかった。何故だろう。物を読む時間が少なかった訳でもないと思うのだが、むしろVIDEOなどは見る機会が多かった。戸外が霜で明るくなっていて室内も明るかったのは事実であるが。
先日、買い物ついでに町の近くのワイン地所をはじめて歩いた。ミヒャエルスカペレと呼ばれるチャペルの丘に小さなグランクリュ地所がある。嘗ては、町からゴンドラが出ていたが今はもう無い。そこに上がると細尾根でへーレンベルクと呼ばれるやはりグランクリュの地所へと繋がっている。
しかし、歩いてみて大変失望した。歩道の脇はゴミだらけで、観光客や土地の年寄りが漫ろ散歩していて、ワイン作りの清潔さとは程遠い。更に、尾根の上の石垣などに火山性の岩が露出しており、いかにも不味そうなのである。
ヘーレンベルクは決して悪いワイン地所ではないが、その程度だと改めて認識した。要は、一般的に少しの丘は土壌的にも興味深い断面をみせるのであり、日照時間の長さも有利に働く。ボルドーのメドックなどの海につき出た半島を例外とすると平地には良い葡萄は育たない。そうした平地の土壌の水捌けなどは歩いていても悲惨なものである。
しかし丘と言っても様々である。ここでも一度触れたが、墓場の下の土壌は人間の骸から湧き出る水が良いカルシウムなどを抽出すかもしれないが、最近は有害な無機物質を特に臨終の患者などは医療のために多く体にしみこませているだろうから、こうした土壌汚染は避けられないかもしれない。やはり、出来る限り水質も保全されている清潔な葡萄畑の方が良いのである。
その点から言っても、一級の地所とそれ以外の地所の差は歴然としていて、一級の地所は資本のある地主が歴代しっかりと所有権を抑え、そうでないところは小作農業者が区画を整理できずに葡萄栽培をしていることが多い。つまり、こうした規模の地所では水質土壌の汚染はどうしても進み易いのである。これは、農業経済的な現実でもある。幸い、ここプファルツはモーゼルのように人跡未踏の危険な斜面にアクロバット宜しく葡萄を栽培する不都合はないので、その経済格差は栽培される葡萄の好悪としてのワインの品質の差としてのみ表れる。
そのような現実から、同じワインの地所を散歩するにしても、第一級のグランクリュの地所とそれ以外の地所を比べると快適さは格段に異なる。これが現実なのである。
ルッパーツベルクの地所を散策した。ホーヘブルクと呼ばれる台地から、南へ向かって行くとガイスビュールと呼ばれるブルックリン・ヴォルフの独占地所がある。そのワインは、超一級ではないがルッパーツベルクを代表する質の良い奥行きのあるワインであることには違いない。そこを、より丘上のホーヘブルクから歩いていく。日陰は霜で真っ白である。夏も台地を風が抜けそうである。
その端の南側がリンツェンブッシュと呼ばれる地所となっている。ここでも注目した土壌で、そのワインはおかしな味がする。クリストマン醸造所のために作業中の爺さんに声をかけた。枝払いをしているところで、一本もしくは二本だけ残しておくと来年はそこからまた力強く芽が吹き出てくるのである。